神戸通信 リスト
平成24年1月9日(古いビル) 平成24年1月19日(さよなら神戸)
平成23年11月29日(帆船・潜水艦) 平成23年12月4日(クリスマス) 平成23年12月12日(サラマンカ便り) 平成24年1月2日(小松島行き)
平成23年11月06日(海上訓練展示) 平成23年11月10日(後ろから見ると) 平成23年11月20日(猫も寒い1・2) 平成23年11月21日(めいげつ)
平成23年10月14日(雨の神戸港) 平成23年10月23日(一突の巡視船) 平成23年10月24日(潜水艦入港) 平成23年10月28日(灯台記念日)
平成23年9月19日(姫路モノレール) 平成23年9月28日(徳島から贈り物) 平成23年10月6日(海上保安新聞) 平成23年10月10日(船の科学館)
平成23年8月5日(進水式) 平成23年8月7日(海上花火大会) 平成23年9月2日(めりけん亭) 平成23年9月11日(十五夜)
平成23年7月11日(夏雲) 平成23年7月17日(船 船 船) 平成23年7月24日(港の居酒屋) 平成23年7月28日(ライフジャケット)
平成23年5月29日(カッター競技会) 平成23年6月12日(燕) 平成23年6月21日(練習船入港) 平成23年7月5日(日本丸出帆)
平成23年3月5日(高知行き2) 平成23年4月25日(港にイルカ) 平成23年5月11日(霧の港) 平成23年5月17日(がんばろう東日本)
平成23年1月18日(帆船が入港) 平成23年1月30日(大正館にて) 平成23年2月13日(フィリピン食材) 平成23年2月20日(海王丸見学)
平成22年12月18日(ボアボッカ) 平成22年12月27日(飛行船) 平成23年1月7日(東京にいます) 平成23年1月9日(神戸に帰りました)
平成22年11月24日(クリスマス) 平成22年11月29日(印沿岸警備隊) 平成22年12月7日(徳島ラーメン) 平成22年12月9日(サンタ灯台)
平成22年10月30日(灯台記念日) 平成22年11月8日(大阪の夜景) 平成22年11月13日(神戸の夜景) 平成22年11月14日(神戸海上保安部)
平成22年10月2日(東京行き) 平成22年10月13日(高知行き) 平成22年10月16日(海上訓練展示) 平成22年10月23日(串本行き)
平成22年9月8日(比国からのお客様) 平成22年9月11日(ICOCA) 平成22年9月18日(虹) 平成22年9月21日(東海道本線)
平成22年8月8日(神戸港花火) 平成22年8月21日(測定船つしま入港) 平成22年9月1日(ローズマリー) 平成22年9月5日(震災の爪痕)
   神戸通信   平成24年1月19日      さよなら神戸
 なんということでしょう・・・。徳島から神戸に転勤したのが真夏の暑い8月。そして今度は真冬の寒い1月。しかもまだここに来て1年半にもなりません。最近は不意打ち的な季節はずれの引越しが多いです。行き先は東京です。
 ということで・・・。本話で神戸通信はお仕舞い。最後は徳島と神戸に共通した話題、モラエスさんに登場してもらいます。
 モラエス(Wenceslau Jose de Sousa de Moraes)は、ポルトガルのリスボンに生まれ、明治31年からポルトガル領事館神戸副領事として赴任します(後に総領事)。
 神戸で芸者おヨネさんと出会い、一緒に暮らすようになりますが、おヨネさんは亡くなってしまい、悲しみのうちに職を辞し、おヨネさんの故郷、徳島に引っ越します。
 徳島ではおヨネさんの姪のコハルさんと暮らしますがコハルさんにも先立たれ、以後の生活は孤独で、決して楽なものではなかったようです。
   
神戸市内フラワーロード沿いにある東遊園地公園にあるモラエスの胸像
東遊園地公園は神戸ルミナリエが行われる公園です
 モラエスは神戸在勤中に、ポルトガルの新聞に「日本通信(Cartas do Japao)」(神戸通信みたいですね)を送稿し、日本の多方面にわたる情報をポルトガルの人に紹介しています。また、ポルトガル語で「おヨネとコハル」や「徳島日記」を著述し、これらはモラエスがいかに日本を愛したかが分かる著作とされています。モラエスは昭和4年、現在の徳島市内で亡くなります。徳島にそびえ立つ眉山(びざん)山頂にはモラエス館があって、往時のモラエスを偲ぶことができます。

 神戸通信を長らくご愛読いただき本当にありがとうございました。神戸は港町でしたので、いろいろ海にまつわるお話を紹介できました。東京も港町ですが、あまり海に近寄る機会はなさそうです。でも折を見つけ大正館サイトで紹介したいと思います。今度住むところは地下鉄大江戸線の沿線ですし、「お江戸通信」とでもしましょうか。【アレックス】
   神戸通信   平成24年1月9日   
 神戸は古い港町ですので古いビルもたくさん残っています。商船三井ビルもその一つ、中に入ると(仕事で入ったときの話です)、いくつかの特徴が見てとれます。まずなんといっても雰囲気が古い(これは良い意味です)ということでしょう。
 また、南側の部屋の手前には廊下の途中に扉があった跡があり、恐らくその昔、重役の方が扉の奥に入っていて、まずはその扉(「扉があった跡」の扉)を入り、秘書に取り次いでもらってから重役の個室に入れたのではないでしょうか。
 そしてエレベーター。4台並んでいるうちの3台は、昔の雰囲気を残しつつ中身は新しいものになっていますが、1台は昔のままで残っています。ただし、エレベーターを呼ぶボタンがありませんので、外観のみ残しているのでしょう。
 最近、現代的な建物を見ているとなんだか疲れてきます。古い建物の落ち着いた色彩や、かどの取れた曲線美を見ると気が和みます。歳のせいですか。【アレックス】
   神戸通信   平成24年1月2日   
 もう去年の話になりますが、年末にあの懐かしい小松島に行ってきました。残念ながら日帰りです。
        まずは大正館。大正館を守る会、島会長や当サイトに遺跡発掘の写真を提供してくれている岩本さんとお会いしました。
 今の時期は蝋梅が花を咲かせ始めています。蝋のような光沢のある花が、ほんのり古風な香りを漂わせています。
 納屋の後ろから移植した南天も根付き、きれいな赤い実を実らせていました。
 大正池は、水が徐々に減るのが悩みの種でした。どこかから配水管に水が漏れているようなのです。島さんが池のなかの石をどけたりしたところ減水が止まったそうです。今年も浅沙に睡蓮、メダカやトンボを見ることができますね。
 大正館はしばらくお休みです。早く再開館できるといいですね。
      
        大正館のすぐ近く、小松島港に行ってみました。この日は幸運なことに、徳島海上保安部所属の巡視船「よしの」と「びざん」両船とも停泊していました。
 びざんは昨年配属されたばかりの新造船。よしのもまだ新造に近い巡視船です。
 最新の装備を備えた高速巡視船。両船とも輝いていました。
 岩本さんの案内で、新居見の遺跡発掘現場にも行ってきました。
 寒さの中で、無理な姿勢での発掘作業も大変ですが、出土した発掘品を壊さないよう、また出土した様子が分かるように発掘をしなければならないので大変です。
 でも、発掘している地面の形は右の写真のようになっていて美しいですね。
      
        そして日峯山に登り、小松島の街並みを眺めてきました。
 冬は北西寄りの風が吹きますが、南東に開いている小松島港は天然の良港です。平穏な港内に、巡視船「よしの」と「びざん」を見つけることができました。
 それではそろそろ神戸に帰ることにしましょうか。【アレックス】
   神戸通信   平成23年12月12日      サラマンカからの便り
 サラマンカのイサベル特派員から絵葉書が届きました。ヌエバ大聖堂がライトアップされている絵葉書です。ローマ時代にはサラマンティカと呼ばれ、交通の要衝であったサラマンカは、旧市街全体がユネスコの世界遺産に登録されています。彼女が通っているサラマンカ大学はスペイン最古の大学、1218年にアルフォンソ9世によって設立されました。1218年といえば日本は建保6年、鎌倉幕府が全国的に支配権を確立した時代です。絵葉書のヌエバ大聖堂は1102年に建築が始まり、完成までに2〜300年を要したそうです。イサベル特派員が今住んでいるピソ(下宿)のベランダからはヌエバ大聖堂が見えます。このような歴史ある街に住むことはいいことですね。上の写真はイサベル特派員からの絵葉書、下は彼女が写したピソのベランダからの大聖堂です。【アレックス】
     
          
   神戸通信   平成23年12月4日      クリスマス イルミネーション
 神戸に越してきてから二回目のクリスマスを迎えました。こちらに来ていろいろなことが起こりました。東日本大震災は大地震を経験した神戸市民にとって当時を思い起こす自然災害でした。神戸通信に掲載した出来事の中では、海上保安庁のビデオ流出事件が大きかったでしょうか。阪神淡路大震災の鎮魂のために始められた神戸ルミナリエは今年も12月1日から始まりました。今年は東日本大震災で犠牲になった方々への鎮魂も籠められています。昨年の神戸通信では神戸市内12箇所のクリスマスイルミネーションを紹介しました。今年も紹介していきたいと思います。今年は何箇所紹介できるでしょうかね。【アレックス】
#1 大丸デパート
トアロードに面した入口です 12/02撮影
#2 神戸メリケンパーク オリエンタルホテル
去年はワイングラスでした 12/05撮影
#3 MEDITERRASSE
天使の両側に光の門 12/07撮影

#4 神戸ルミナリエ
今年もたくさんの方が訪れています 12月12日までですのでまだの方はお早めに 12/05撮影

#5 イサベル特派員がドイツで買ってきた木製のキリスト聖誕セット
 今年も神戸ルミナリエを見に行くことができましたが、その後は超多忙となり、イルミネーション探索ができないままクリスマスが過ぎてしまいました。皆様はどんなクリスマスを過ごされましたか? また来年もイルミネーション探索ができればなと思います。 [アレックス]
   神戸通信   平成23年11月29日      神戸港・帆船・潜水艦
 帆船日本丸が神戸港に戻ってきました。第一突堤西岸に着岸したので、対岸のメリケンパーク東岸まで行き、電飾の日本丸を撮ってきました。まさに海の女王です。
 翌日、港を見ると海面上に細長く光るものがあります。潜水艦けんりゅうが試験航海を終え、神戸港に帰港したようです。光沢があるので朝日によく反射します。
 神戸港はいろいろな艦船が出入りするので楽しいです。【アレックス】
   神戸通信   平成23年11月21日   
 編集子は海の仕事をしている関係から海上保安新聞を購読しています。前回は大正館のご近所、大正館スタッフと時々ミーティングをした鉄板焼の店が載っていましたので神戸通信で紹介しました。今日この新聞を読んでいると、どうも見たような顔(それに背景)があります。よーく読むと、大正館の対面、小料理屋めいげつと、おかみさんのお孫さん、とし君ではありませんか。ここもよく行かせてもらいました、懐かしい。とし君がカウンターで料理してくれたウィンナーは美味しかったな。将来は海猿になってくれるといいですね。めいげつも小松島散策に載っています。【アレックス】
   神戸通信   平成23年11月20日      猫も寒い
 秋も深まり、だいぶ寒くなってきました。
 秋は観光のシーズン、神戸の街中も観光客で賑わっています。
 右の写真は駐車場に停めてある車のボンネットに乗っている猫。
 車が外から戻ってきて人が車から立ち去るとここにやって来ます。
 夏は来ませんし、私の車には乗りませんから、暖をとりにやって来るのですね。
 私は、徳島から神戸に越して以来、ほとんど車を運転する機会がなくなりました。
  【アレックス】

   神戸通信   平成23年11月22日      猫も寒い2
 今朝見たら猫が乗っていたボンネットに足跡が。
   車の持ち主曰く・・・
 「まあ、猫だから、愛嬌、愛嬌」
 私の心も暖をとらせていただきました。
 それにしても駐車場の周りに水溜りや泥濘(ぬかるみ)はありません。
 どうしてこんなに足跡がつくんでしょうねえ?
  【アレックス】
   神戸通信   平成23年11月10日   
 ふと神戸港内を見ると、黒いブイのようなものが浮いています。よく見ると潜水艦。川崎重工の造船所から出航した潜水艦「剣龍」でしょう。潜水艦は海面上に出ている部分が小さく、塗色も黒いので見つけにくく、おまけに進行方向が判り難いですので、付近を航行する船舶は注意が必要です。後ろから見ると黒いブイかタワーみたいでしょ? 【アレックス】
   神戸通信   平成23年11月06日   
 今年も第五管区海上保安本部が実施する海上訓練展示、巡視船せっつに乗船することができました。昨年は好天に恵まれましたが今年は雨。天気予報では午後から降り始めるとのことでしたが、午前10時の出港前から降り始めました。訓練は午前と午後に実施。午後は本降りの中の訓練となりましたが、そのような天気でも乗船する方々は皆、熱心な海保ファン。雨の中、熱心に訓練の模様を見ていました。午前の部は658人、午後の部は719人、合計で1,377名の方が乗船されたそうです。
本部長旗 本部長が乗船していることを示します 巡視船せっつ前部マスト 国際信号旗「UY」は訓練中であることを示します
海上で救助を待つ遭難者 関空基地のヘリが到着 救助を開始します EC225は20人以上搭乗できる大型ヘリです
海保グッズ販売(せっつヘリ格納庫内) 灯台用非常灯器の展示(せっつヘリ格納庫内) せっつに架けられた「舷梯」(写真左下)
 今年は、日本で唯一、公式灯台が設置されているホテル、神戸メリケンパークオリエンタルホテルに設置されているボーディングブリッジが巡視船せっつに架けられたため、下船がとてもスムーズでした。なにしろ巡視船の舷梯(げんてい)は、梯子(はしご)の字を当てはめるくらい、狭くて急ですから、乗客用のボーディングブリッジが使えるのはいいことです。
 あいにくの天気でしたが訓練はつつがなく行われました。実際は大時化の中で救助活動が行われるのです。雨は(視界不良を除けば)海保の人にとってなんら問題ではないんだそうです。映画「海猿4」のロードショウが楽しみですね。【アレックス】
   神戸通信   平成23年10月28日   
 11月1日は灯台記念日です。この日は日本で最初の洋式灯台、神奈川県横須賀市にある観音埼灯台が起工された日です。今年で143周年になります。第五管区海上保安本部がある神戸港の合同庁舎では、灯台に関するパネル展示が行われています。展示品は去年とあまり変わりませんが、今年は非常用灯器が展示されていました。
        
 非常用灯器は、灯台が消灯し、早期の修理が困難な場合に設置される灯器で、小型であるため人によって運ぶことができ、乾電池24本(!)で10日間点灯(夜間点灯)します。3月11日の東日本大震災では、全管区からこの非常用灯器が被災地である第二管区海上保安本部に集められ、海上物流の早期復旧に活用されました。下の写真は、東日本大震災における航路標識復旧作業の様子です。
        
 非常用灯器はLEDと乾電池の組み合わせですが、常用の灯器も、LEDと太陽電池に置き換えられつつあります。太陽光を利用した灯台は外部電源を一切使用しませんので、とてもエコで寿命も長いうえ、周囲が停電になっても点灯し続けますので、災害にも強い灯器であると言えるでしょう。 

 徳島海上保安部には「くわの」及び「びざん」という巡視船がおりました。両船ともかなり船齢を召しておりましたが、「くわの」に代わり「よしの」という新造船が配備され、さらに最近、「びざん」は同じく新造船の「(新)びざん」に交代しました。先日、小松島港で両船の一般公開が行われ、2隻の新造船が並んで写っている写真が届きましたので掲載します。両船とも軽合金の船体にウォータージェット推進機を搭載し、赤外線監視装置や自動照準の多銃身20mm機関砲を積載した高速かつ強力な巡視船です。阿波の海の守りが強化されました。【アレックス】

巡視船びざん(左)と 巡視船よしの(右)

びざんの方が大きく見えますが、よしのの方が大型です。
  PM27
巡視船よしの
PS15
巡視船びざん
全長
総トン数
速力
装備


進水
56.0m
335トン
30ノット以上
20mm機関砲
赤外線監視装置
搭載艇
平成21年3月
46.0m
147トン
35ノット以上

同左

平成23年4月
      
   神戸通信   平成23年10月24日   
 神戸を出港するレストランシップは、ルミナス神戸2コンチェルト(いずれも船名)があります。港内や明石海峡などを眺めながらすてきな食事ができます。沖を眺めていると、ルミナス神戸2が入港、コンチェルトが出港しているのが見えました。そして両船の間に数隻の船が見えます。よーく見ると数隻のタグボートと潜水艦でした。この潜水艦は神戸徒歩旅行第十二話で紹介した海上自衛隊の潜水艦剣龍でしょう。海上公試を終えて入港するところでしょうか。この艦を建造した川崎造船に向かって行きました。潜水艦は黒い色をしていて水上に出ている部分が少なく視認しにくいので航行する船舶は注意が必要です。【アレックス】
   神戸通信   平成23年10月23日   
 神戸第一突堤(通称「一突(いちとつ)」)にたくさんの船が停泊しています。よく見ると船体は白色、船首に紺色のS字マーク。これは巡視船ですね。その他にも貨物船やタグボートが煌煌と作業灯を点けて停泊しています。巡視船は左奥から時計廻りに、びざん(徳島海保)、せっつ(神戸海保)、とさ(高知海保)でした。それに突堤上には多数の車両も停車しています。これはきっと映画「海猿4」の撮影が行われているに違いありません。舞台は東京湾ですが、大阪湾でも撮影が行われるそうですから。
 ということは出演する役者さんもこの中にいらっしゃるんですかね。もしかしたら海猿ファンの方々が一突に集まっているのかも知れません。
 上の写真、上部中央に横一列に写っている光の列は神戸空港の誘導灯です。右の写真は翌日の午前中に撮ったもので、せっつ、とさの2隻だけが停泊し、びざんは既に出港、突堤上の多数の車両ももういませんでした。
 海猿4のロードショウが楽しみです。【アレックス】
   神戸通信   平成23年10月14日   
 午後から雨が降ってきました。天気予報では今夜、夜半にかけて強い雨になるそうです。メリケンパークやモザイクガーデンも雨に煙っています。その先の造船所のクレーンはおぼろに見える程度です。沖防波堤から先は見えません。きっと大阪湾や明石海峡では狭視界状態となっているのでしょう。こんな日は船舶衝突事故が心配です。
 写真中央の赤い光は、モザイクガーデンの観覧車の電飾です。【アレックス】
   神戸通信   平成23年10月10日   
 少し前の話になりますが、船の科学館に行ってきました。船の科学館は東京のお台場に昭和49年に建設された船舶・海洋をテーマとする博物館で、建物は客船クイーン・エリザベス2世を模した形になっています。建設当時はまわりになにもない状態でしたが、現在ではテレビ局をはじめ、東京海上保安部が入居している合同庁舎など多数の近代的な建物が立ち並び、都営ゆりかもめ・船の科学館駅もできて便利になりました。一時はたくさんの人で賑わった科学館ですが、だんだん人の関心も薄れ、建物も築30年弱が経過し、さらに東日本大震災による地震でダメージを受けたことから、今年の9月30日をもって休止することになりました。
      
 東京に行った折の土曜日の午後に行ってきましたが、写真のとおり券売機には長蛇の列。公開休止を前に見ておこうという人がたくさん来ていました。科学館には中華レストランが入っていて、私は結構好きでした。ラストオーダーの10分前にかろうじて間に合い、東京港を眺めながらここでの最後の食事を楽しみました。科学館の目玉の一つは東京海上保安部の港内交通管制室。ガラス越しに管制室の中が見えるようになっています。建物がダメージを受けた現在、この管制室も引っ越すことになるのでしょうか。海上保安庁のコーナーでは、東日本大震災で同庁が撮影したビデオが音声入りで放映されており、多数の人が熱心にに見ていました。
      
 南極観測船宗谷は、我が国初の南極観測船です。最初は氷海を航海する貨物船とし昭和13年(1938年)に建造されたものですから、もう船齢は70年以上になります。戦時中は海軍の特務艦となり、戦後は海上保安庁の灯台補給船として活躍しましたが、国際地球観測年にあたり日本は南極観測に参加することを決定、宗谷は大改装され、昭和31年から37年の間に6回の南極までの往復航海を果たしました。大改装にあたっては、国民からの募金にも頼らなければなりませんでした。宗谷には当時募金をした人々の志も宿っていることでしょう。リベット(鋲)の列、木製の操舵室の窓、木製の舵輪、木製の内張り。歴史を感じさせる遺物です。
      
 宗谷はその後、函館保安部に所属し、塗装も通常の巡視船と同じ白色に戻されました。現在のオレンジ色の塗装は南極観測船当時の塗装です。普通の巡視船に戻った後も、その砕氷性能を活かし、氷で閉じ込められた漁船を救助したりしましたが、同じく砕氷能力を持つ巡視船そうやが昭和53年に建造されたため、以後、ここ船の科学館で余生を送ることとなりました。貨物船、特務艦、灯台補給船、南極観測船、巡視船と、何回もの変遷を遂げ、戦時下には沈没を免れ、地球の裏側まで何回も航海し、巡視船となってからは千人以上の人を助けた宗谷は、強運の船とされています。きっと乗船した人は良いことがありますよ。
      
 南極観測船宗谷の向こう側には青函連絡船羊蹄丸が係留されています。宗谷の船内はほぼ当時の原型を残して展示されていますが、羊蹄丸の船内はパビリオンとして改装され、青森駅や駅前市場の様子が再現されています。実物のディーゼル機関車や客車も展示されていて、あちこちに展示されている人形と一緒に写真を撮ることもできます。しかし、宗谷は残留が決まりましたが、羊蹄丸は維持が難しいことから譲渡先が公募されています。現在、青森・函館の両港には一隻ずつ青函連絡船が保存公開されています。羊蹄丸はどこに引き取られていくのでしょうか。引き取られた先で一般公開が始まったら、是非再会したいものです。
     
 中華レストランで遅い昼食をとり、館内を見、宗谷、羊蹄丸を見終わった頃にはもう閉館の時刻。あわっててミュージアムショップでミュージアムグッズを購入し、船の科学館をふと振り返れば、科学館は夏の終わりの空を背景に雄大にそびえ立っていました。今後、引き続き、宗谷とプールを含む屋外展示場は公開あるいはイベントで使用されるようですが、本館建物を含めた全体の将来像はまだ未定です。物資や燃料のほぼ全量を海運に頼る日本。海洋に関する科学館、あるいは博物館は必要なものだと思います。そして国民もまた、海洋にもっと関心を寄せなければいけませんね。そう思いつつ船の科学館を後にしました。【アレックス】
   神戸通信   平成23年10月6日   
 編集子は海の仕事をしているので海上保安新聞を購読しています。これは海上保安協会が発行している週刊の新聞で、海上保安庁のニュースや人事などを知ることができます。
 9月22日の海上保安新聞は、次長(官僚ポスト)と警備救難監(制服ポスト)が交代、また「海猿がスクリーンに戻ってくる」という嬉しいニュースも書かれています。海猿は4作目、題名は「Brave Herts」です。舞台は東京湾とのことですが、大阪湾でもロケが予定されており、第五管区海上保安本部に所属する船艇、航空機も活躍するそうで楽しみです。
 次はフィリピン沿岸警備隊リワグ長官が海上保安大学校を訪問したニュース。私がフィリピンで仕事をしていたとき、リワグ氏は大佐でしたので、その後数年で准将、少将、中将と昇進したことになります。長官になる人は大佐からの昇進が早まるようです。海上保安庁の長官と次長はキャリアがなることになっていますが、フィリピン沿岸警備隊の長官は制服組がなります。
 でも私が一番目についたニュースは「味の店」(写真右)。これは全国の海上保安部長さんが地元の美味しい店を紹介するコラム。今回は徳島海上保安部長が小松島の鉄板焼き「昴」を紹介しています。当サイトでは、小松島散策最終話で紹介。私や大正館スタッフも何回も行きましたが、スダチ焼きや小松島チャーハンが美味しく、特に私はロースを超レアで食べるのが好きでした。
 記事を読んで、無性に小松島に帰りたくなりました。【アレックス】
      
   神戸通信   平成23年9月28日   
   徳島の島さんから嬉しい贈り物、「スダチ」が送られてきました。徳島といえば阿波踊りとスダチです。「カボス」と混同する人がいますが、カボスより小振りで香りが立ちます。ジュースにしてもよし、焼き魚にかけてもよし、焼酎のお湯割りや燗をした日本酒に入れてもも合います。徳島ではスライスしてお吸い物やみそ汁にも入れます。秋の徳島の香り。今夜は秋刀魚の塩焼きで一杯やることにしましょう。島さん、ありがとうございました。【アレックス】
   神戸通信   平成23年9月11日   
   姫路に行ってきました。目的はモノレール。今は廃止されて走っていませんが、新しく展示されたと聞いて見に行ってきました。姫路は神戸・三ノ宮からJR山陽本線、新快速で5駅、40分で着きます。

 姫路モノレールは昭和41年、姫路市手柄山で開催された姫路大博覧会開催に合せ建設された1.6キロメートルの跨座式モノレールです。当時は市内に環状線を建設し、飾磨・広畑、さらに日本海側の鳥取まで延伸する予定だったそうです。しかし博覧会後は客足が激減し、開通から8年後の昭和49年に廃止されました。
 廃止後、モノレールの車体は手柄山駅にあった検修線に留置され、ホームと検修線の出入口は閉鎖されていました。しかし当時モノレールを推進した市長の三男が現市長に当選。モノレールを展示する話が進んでいきました。
 展示は元の手柄山駅ホームで行うこととし、検修線から2両を引き出しホームまで移動。そしてホームを改装し、当時の運転指令室があった場所に部品などを展示、さらに屋外に台車を展示し、今年(平成23年)4月から一般公開が始まりました。
 現在の手柄山はプールを含むスポーツ施設、植物園、水族館などがある公園に整備されており、訪れた日もたくさんの家族連れでにぎわっていました。モノレール展示も人気で、家族連れのほか、私のような鉄道マニアも熱心に写真を撮っていました。
 モノレールは廃止されましたが、コンクリート製の軌道の撤去には巨額の費用が必要で、このため現在でもかなりの部分が残っています。帰りは軌道に沿って歩いて姫路駅まで戻ることにしましょう。
 モノレールの旧軌道は途切れ途切れですが、ほぼ軌道に沿って歩いていくことができます。途中に煉瓦造りの工場などがあって情緒がありました。下の写真は大将軍駅。駅はビルの中にありました。アパートや店舗が入る(当時)高層ビルの3階に軌道、4階にホームがありました。ここまで来れば姫路駅はすぐ近く、通勤にモノレールを利用する人はいなかったと思われます。
 姫路と言えば世界遺産に登録された姫路城が有名です。現在は平成の大修理が行われており、天守閣はシートで覆われています。修理の様子を見学することもできますが、エレベータ(有料)が30分待ちだったので、無料のエリア(天守閣1・2階部分)を見てきました。下の写真、どこかで見た気がしませんか? 答えは大正館の裏庭で探してください。【アレックス】
   神戸通信   平成23年9月11日   
   明日は十五夜、中秋の名月です。小松島に住んでいたときは、十五夜お月様を撮るために港まで行きました。神戸でも行ってみましょう。お月様はポートアイランドの上に出ていました。
   家に帰っても、お月様はまだ南の方に見えていました。いただいた兎饅頭を大正館で求めた古食器に載せ、月を愛でながらいただきます。お饅頭の右の写真は2年前の秋に小松島港で撮影したものです。
   映画「海猿」の第4弾「Brave Heart」の製作が決まったそうです。来年夏の公開です。楽しみですね。今回は主役の仙崎大輔が潜水員から特殊救難隊員に配属替えされます。【アレックス】
    
   神戸通信   平成23年9月2日   
   神戸めりけんパークにある居酒屋「めりけん亭」については神戸通信7月24日で少し触れました。ここは海に関係するお客さんが多く、私の好きな居酒屋です。この前ここに立ち寄ったとき、練習帆船「海王丸」のTシャツを着たお客さんがおりました。彼女は海王丸でアメリカまで航海し、その際にこのTシャツを皆で作ったそうです。帆桁に登ってゴールデンゲートブリッジをくぐった時には、橋桁がすごく近くに見えたそうです。荒天の中、帆桁に登って帆を操り、波が洗う甲板で転桁索を引きます。危険と隣り合わせの作業をチームワークで乗り切っていくのです。そんな話を聞いてすごく羨ましく思いました。海王丸は神戸通信2月20日で紹介しています。【アレックス】
   神戸通信   平成23年8月7日      みなとこうべ海上花火大会
   神戸に越してきてから1年が経ちました。神戸通信の第一号は昨年の8月8日、家のベランダから見た花火から始まりました。この花火大会は1万発の花火が打ち上げられ、22万人の人が訪れる大規模な花火大会です。去年は行かなかったのですが、今年は神戸海洋博物館の屋上で観れる券をいただいたので、行ってきました。
 神戸港第一突堤の沖合に浮かべた台船から花火が打ち上げられます。付近一帯は港則法第37条に基づいて、阪神港長によって航泊禁止区域が設定され、さらに沖合の防波堤までのエリアは自主規制区域が設けられました。陸上では多数の警備員や警察官が警備や誘導を行っていましたが、沖合でも多数の警備艇や巡視艇が海域の安全を確保していました。
 シーン3では、東日本元気プロジェクトとして、東日本大震災の被災4県6業者の芸術花火を含めた3,067発が打ち上げられ、シーン1から5までの間に10,226発の花火が打ち上げられました。
 やはり間近に観る花火は迫力が違います。花火を観て元気がでてきました。
 今回の観覧席は神戸海洋博物館の屋上、その途中で普段は見られない夜の館内の様子を見ることができました。皆さんは映画「ナイトミュージアム」をご覧になったことがありますか。きっと神戸海洋博物館でも、見学者が帰り、電気が消され、警備員の人だけになると、展示されている汽船や帆船が航海を始めるんでしょう。ある時は凪、ある時は時化。そんな中で船乗り達が必死になって保船しているのでしょう。
 そんなことを空想しながら博物館を後にしました。海洋博物館の夜をテーマにした映画ができるといいですね。夜の航海者達のご安航をお祈りします。【アレックス】

 追伸
 花火が終われば観客の人たちは帰途につきます。多くの人がいっぺんに帰ろうとすると危険です。ところが花火が終わっても危険防止のためのアナウンスはありませんでした。ただ癒し系の女性デュオの歌声が流れているだけです。
 でもよく聴いてみると、「みなさ〜ん」「いま混雑しています」とか「ゆっくりと進んでください」という歌詞が確かに聴こえてきます。癒し系の曲には不釣り合いな歌詞。歌はエンドレスに流れていますのでよく聴いてみてもやはりそんな歌詞です。
 ネットで調べたら分かりました! この曲は「ざっとうの歌〜絆」という曲で、過去に発生した雑踏での事故を踏まえ、混雑時のストレス緩和と事故防止をお願いするために作られた歌、尼崎出身の女性デュオ「あまゆーず」さんが歌っているんだそうです。
 この曲は兵庫県警のウェブサイトで聴くことができます。とても癒される歌ですので皆さんも聴いてみてはいかがですか。歌を聴くことができるのは次のページです。さて、私たちもゆっくり帰りましょう。
 兵庫県警 > 県警トピックス > 「ざっとうの歌〜絆」の作成について
   神戸通信   平成23年8月5日      進水式
   今日は用事で港まで行ってきました。港内を見ると造船所の周りに数隻のタグボート。そして造船所内には完成間近の船。ということは、これから進水式が始まるということです。
 船を作ったり修理するドックの主なものは、堀のようなタイプで、水門を閉めて中の水を排水するタイプ。ドライドックといいます。もうひとつは細長い斜面を設けるタイプ。スリップウェイと呼ばれるものです。
 ドライドックでの進水式は、ドック内に注水し、それにともなって新造船が浮き上がってきます。スリップウェイでは文字通り、船はスリップウェイの上を海上に向かって滑り出して行きます。迫力は勿論、スリップウェイの方が格段です。
 スリップウェイで進水する場合、スリップウェイと海面の高低差があると船体が痛みますので、進水式は高低差が少ない満潮時に行われます。そしてサイレンの音とともに新造船は徐々に加速しながら、後進で進水しました。
 新造船は進水式の段階ではまだ完成しておらず、船体はほぼ出来上がってエンジンも据え付けられていますが、船内の艤装やいろいろな機器の取り付けはこれからです。それが済むと清水と燃料を積み、試運転を行い、総てが良好な状態であることを確認して船主に引き渡されます。彼女(英語で船は女性(She)で呼ばれます)の御安航を祈りたいと思います。 【アレックス】



























   神戸通信 平成23年7月28日      それでもあなたはライフジャケットを着用しないんですか
 今日は第五管区海上保安部に用事があって行ってきました。神戸通信の前話では海難防止強調運動を紹介しましたが、これからはサマーシーズン。第五管区では海難の防止とともに、ライフジャケットの常時着用を呼びかけていました。そしてこんなお話を伺いました。次の3つの話はすべて実話です。
<釣りで高波にさらわれた事例>
 本年6月、和歌山県串本町の磯場で釣りをしていた2名が高波にさらわれ磯場から海中に転落。ライフジャケットを着ていた1名は自力で磯に這い上がり助かりましたが、ジャケットを着ていなかったもう1名は流され帰らぬ人となりました。
 お二人は双子の兄弟で、ともに61歳。転落してしばらくは手をつないでいたのですが、波にもまれるうちに手をつないでいることができなくなり、ジャケットを着用していなかった方(かた)が波にさらわれてしまいました。

<プレジャーボートが転覆した事例>
 これも今年の6月、静岡県浜名湖沖でプレジャーボートが横波を受けて転覆、乗っていた4名が海に投げ出されました。4名のうちライフジャケットを着ていた3名は救助されましたが、ジャケットを来ていなかった1名は帰らぬ人となりました。
 亡くなった1名は女性で、ジャケットを着用するよう船長から要請されていたのですが、それを断った末の出来事だったそうです。そして捜索の努力もむなしく、しばらくしてから浜に打ち上げられたところを発見されました。

<なぜライフジャケット着用が義務化されたか>
 ライフジャケットの船舶への備え付けは法令で決まっています。しかしその昔、ジャケットの常時着用は義務付けられていませんでした。法令が改正され、着用が義務付けられるようになった背景には、次のような悲しい出来事があったのです。
 数年前の兵庫県明石市沖。ある家族がプレジャーボートで遊びに来ていたのですが、子供がボートから転落してしまいました。それを救おうと両親が飛び込みましたが助けることができず、しかもボートに戻ることもできなくなってしまいました。
 3名ともライフジャケットは着ていませんでした。ボートに1人残された女の子は、見よう見まねで必死にボートを操船してマリーナに戻り救助を求めました。しかし時既に遅く、3名は帰らぬ人となり、女の子1人だけが残されました。
 ライフジャケットを着用していた場合の生存率 90%(270名中243名が生存)
 ライフジャケットを着用していなかった場合の生存率 47%(290名中137名が生存)
 大正館ウェブサイトをご覧の皆様は安全に気を使っている方ばかりだと思いますが、海に出る際には是非、こちらのページをご覧になってください。うみのもしもは118番です。【アレックス】
← ライフジャケットを着たうみまる(徳島海保にて)
海保のマスコット うみまるうーみん
   神戸通信 平成23年7月24日      港の居酒屋
 前回、7月17日の神戸通信では「全国海難防止強調運動」をご紹介しました。今日(7月22日)は金曜日。金曜日となれば一杯ひっかけに行きたくなります。でも神戸はおしゃれな港町。私のような港湾関係者の(おしゃれでない)おじさんが行くようなお店を見付けるのが一苦労。今日は船着き場に気になるお店を見付けたので行ってみることにしました。
 途中、ポートタワーに普段はない旗が揚がっているのを見付けました。肉眼ではよく見えないのでカメラを望遠にして撮ってみました。で、拡大して見ると、「海難」の旗です。おそらく神戸で一番高いところに掲げられている「海難旗」でしょう。
 気になるお店に着きました。初めて入る店は緊張します。しかもこの店は普通の居酒屋とちょっとシステムが違います。マスターに「この店は初めてなんだけど」と告げると、「では、とりあえす、ほろ酔いコースはいかがですか」と勧められたのが左上の写真。これで3人前でビール付(ハイボール選択可)。これに各自に厚焼き玉子が付いてきます。
 この他、いろいろメニューがありますが、面白いのがその名前。「遠洋コース」「近海コース」「沿海コース」と、港湾関係者なら馴染みのある名前が付いています。
 この店はセルフサービスで、注文するごとに現金で支払います。これなら調子に乗って飲み過ぎることはないですね。おつまみにはスナック菓子や缶詰もあり、缶詰はちゃんとお皿に盛って出してくれますし、魚肉ハンバーグは焼いて出してくれました。
 クーラーはなし!でも開け放たれたスペースに気持ちよい海風が入ってきます。ときどき通船が出港する音やディーゼルエンジンの排気臭もして、これがたまらないんですよね。私にピッタリのお店を見付けました。
 お店の名前は、、、、帰りに見て帰ろうかと思っていたのですが、酔っぱらって見るのを忘れてしまいました。中上の写真は店の中から撮った景色です。興味のある方はこの景色を頼りに探してみてください。

 酔い覚ましにメリケンパークを散歩しましょう。夜は見えませんが、ポートタワーの上には「海難」の旗がはためいているのでしょう。少々酔っていますから「陸難」を心がけて帰りましょう。【アレックス】
   神戸通信 平成23年7月17日      船 船 船
 ふと沖を見ると水柱が立っています。その横には帆船が入港中。ということは水柱は消防艇による歓迎の放水です。日本丸は7月5日に出港したばかりです。ネットで調べると、この帆船は日本丸の姉妹船、海王丸。神戸みなとまつりに参加するため入港しました。明日は船内の一般公開が予定されています。
 写真手前は同じ航海訓練所に所属する青雲丸。訓練のため船橋が二段になっているのが特徴です。日本丸は青雲丸の船尾側に接岸していましたが、海王丸は針路を左に曲げ、青雲丸から遠ざかっていきます。
 海王丸が進む方向を注視していると大型の船が視界に現われてきました。
 この船は自動車運搬船で、効率よく車を積載できるよう大きな箱のような形をしています。ちょうど三菱重工神戸造船所で進水したところです。ネットで調べたところ、全長200メートル、幅 32メートル、総トン数6万トン、自動車を5,199台積めるそうです。船名は、進水式の前に行われる命名式で名付けられます。なんという名前がついたんでしょうね。進水した船は一旦造船所に係留され、艤装が行われ、海上試運転が終了してから発注者に引き渡されます。
 さきほどの海王丸は、モザイク前の岸壁に接岸しました。海王丸船尾の後ろには見慣れたファンネル(船の煙突)が見えます。
 モザイクの対岸、川崎重工神戸造船所に係留されていたのは横浜海上保安部所属、巡視船いずです。いずは救難強化型巡視船で、阪神淡路大震災を教訓に、船橋後部のオペレーションルームを広く確保した巡視船です。ヘリコプターは積載していませんが、着船できる甲板を持っています。定期修理のために入渠したのでしょう。船首部の喫水が浅くなっているので、燃料や清水を使い切った状態だと思われます。全長110メートル、幅15メートル、総トン数3千7百トンです。
 神戸徒歩旅行第十二話で紹介した潜水艦はもうおりませんでした。右の写真は巡視船いずの前方に係留されている防舷物(ぼうげんぶつ:船が岸壁に直接当たらないようにするクッション)で、潜水艦用のものと思われます。潜水艦は断面がほぼ円形で、ほとんどの部分が水面下にあります。このため、水中の一番出っ張っているところが岸壁に当たらないよう、特殊な深い防舷物が必要なんです。写真では一部しか見えませんが、水中深くまで達しているのでしょう。【アレックス】

   神戸通信 平成23年7月17日      全国海難防止強調運動
 港湾合同庁舎に用事があり、その帰りに11階まで上がりました。ここには食堂があって、安いし眺めが良いのです。エレベーターを降りたところ、海上保安庁の制服を着た人が廊下いっぱいになにかを広げています。伺ったところ、合同庁舎の外壁に展張するネット状の横断幕で、全国海難防止強調運動の横断幕なんだそうです。「海難ゼロ」と記載されていました。
 帰りに港内遊覧船の船着場を通ったところ、遊覧船のマストにも「海難」と記された旗が掲揚されていました。この旗が揚げられている船は安全意識が高い、ということが言えるでしょう。また、メリケンパークオリエンタルホテルの壁にも同じ横断幕が展張されているのを見つけました。このホテルは桟橋の上にあり、3方を海に囲まれた景色の良いホテルです。海難防止に協力しているのですから、このホテルも安全意識が高い、ということが言えるでしょう。
 これから暑くなると海に出る機会が多くなります。うみのもしもは118番、海に出る前に是非こちらを見てください。【アレックス】

   神戸通信 平成23年7月17日      フルムーン
 暑かった日中も、日が暮れれば涼しくなってきます。ベランダに出てみると満月です。とても大きく、とても近くに見えます。私のカメラでも写せるでしょうか。ベランダの手すりにカメラを乗せてブレないようにします。もちろんフラッシュは焚かず、光学ズーム一杯までイン、EVを-2にセットして、あとはオートで撮ってみました。
 娘に見せたら、理科の教科書に出てくる写真みたい、と言われました。普通のカメラでも結構撮れるものです。皆さんも挑戦してみてはいかがですか。【アレックス】
カメラ: SONY DSC-H10 ズーム倍率: x10 ISO: 125 露出時間: 1/160sec 絞り値: F4.4
3264x2176pixで撮影した画像を816x544にトリミングし300x200に縮小してアンシャープマスクを適用
   神戸通信 平成23年7月11日   
 梅雨が明けました。
 大阪湾にも夏の雲。
 これから暑くなります。
 身体に気をつけてください。
【アレックス】

   神戸通信 平成23年7月5日   
 ふと一突(神戸港第一突堤)を見ると、練習帆船日本丸の前にたくさんの人がいます。そうでした、出港(出帆)の時を迎えたのですね。日本丸の横には既に2隻のタグボートがスタンバイしています。そしてもやい綱が放されると、船首を沖に向け、一突からだんだん離れていきます。
 よく見ると、船上には山吹色の作業帽に白い作業服の実習生がたくさん見えます。そしてマストには旗(き)りゅう信号「UW(ご安航を祈る)」のが見えます。その右側の旗りゅうは数字の「1」、本船が大型船であることを示しています。
 そしてタグボートが日本丸から離れると、日本丸は速度を上げて港の外に進んでいきました。広い海に出たらさっそく展帆の訓練が始まるのでしょう。ご安航をお祈りします。【アレックス】

    UW
   神戸通信 平成23年6月21日   
 夜の港はいいものです。暗闇にライトアップされた船は美しいです。
 神戸第一突堤に入港しているのは、航海訓練所に所属する練習帆船「日本丸」(2,570総トン)と、練習船「銀河丸」(6,185総トン)です。来月4日まで停泊するそうです。両船が係留されている突堤は関係者以外立ち入り禁止ですが、その手前の金網の隙間から写真を撮ることができます。本当に写真が好きな人は脚立を持ってきて、金網の上から撮っていました。対岸のMOSAICから見てもきれいだと思いますよ。
 次の練習航海はどこに行くのでしょうか。御安航をお祈りします。【アレックス】
   神戸通信   平成23年6月12日   
 大正館では浅沙が咲き始めました。神戸は都会なので、梅雨でうっとおしいばかりで自然の季節感はありません。でも街を歩いているとたくさんの燕が飛んでいるのを見ます。そしてあちこちでヒナの元気な鳴き声が聞こえてきます。
 左の写真は銀行のATMの入口に作られた巣で、元気に親鳥を待っているヒナです。ATMといえば人の出入りの多い場所。しかも自動ドアの近くに巣を作ってしまうのですから。人がヒナに危害を与えないことを知っているようです。
 大正館の軒にもにも巣を作ってくれるといいですね。【アレックス】
   神戸通信   平成23年5月29日   
   昨日のことになりますが、神戸の芦屋浜でカッター競技大会が開催されました。皆さんはカッターってご存知ですか。昔の軍艦はたくさんの小型艇を搭載し、陸と艦の間で人や物を運んでいました。物を運ぶ大型艇をランチ(Launch:進水させるという意味)と言い、人を運ぶ小型艇をカッター(Cutter:切るもの)あるいは短艇・端艇と呼びます。右下の写真を見ると分かりますが、船尾をカットした形であることからカッターと呼ばれるようになった、という説が有力です。
   現在、カッターはシーマンを養う訓練に使用され、9メートルの艇に艇指揮、艇長、漕手12名の計14名が乗船して海上を漕ぐわけですから、技量が低かったり、オールを操るタイミングが合わないと、オールが海から抜けなくなったり(最悪水流でオールが折れてしまう)、他のオールと交差してしまい前に進まなくなってしまいます。ですからオールの動きがピタッと合っているカッターは、艇員の技量が高く、速く、また時化た海でも漕走することができます。あなたも見ればすぐに分かりますよ。

カッター(9メートル型)
昔は木造鎧張りであったが現在はFRP製
昔は救命艇としても使用した
(映画「タイタニック」に登場します)
マストを2本立てて帆走することもできます
オール(9m艇は左側、右は6m艇用)
長さ4.3メートル、重さは15キロあり
バランスをとるために鉛が打ち込まれている
写真灰色の丸い部分が鉛
中央の櫂座に当たる部分には皮が巻かれている
櫂座栓を外し櫂座に櫂を備える
艇指揮の号令によって漕ぎ出す
号令は各チームによって異なるので面白い
いずれにせよ、号令がきびきびとして
オールのタイミングが揃っている艇が速い

   この競技は毎年開催されており、主催は全日本カッター連盟。今年は第55回目の大会で、神戸大学(旧神戸商船大学)が担当校です。カッターはもっぱらシーマンを養う訓練に使用するものですから、旧商船大学や海洋系の学部がある大学、防衛大学校、そして徳島海上保安部の母体、海上保安庁の幹部養成校である海上保安大学校が、昔からの伝統的な参加校です。
   カッターの訓練はとても辛い訓練で、なかなか部員が集まりません。今回も漕手が12名を切って競技に参加しているチームも数校見られました。それでも参加する彼らの敢闘精神は素晴らしいと思います。女子チームも6チームが参加。彼女たちは6メートル型のカッターを使用し、距離も男子の半分の1,000メートルです。

女子用6メートル型カッター
当日は台風の影響で朝から雨
写真では海上平穏に見えるが多少波があった
本部席
マイクを持っている方は以前
大正館にいらっしゃったことがあります
海上保安大学校応援団
雨の中ヤル気満々です
団旗は雨で濡れてすごい重量になっている筈

   予選と復活レースで、男子は11チーム中4チーム、女子は6チーム中3チームが決勝に残りました。いよいよ決勝戦です。昨年は男子は防衛大学校、女子は東京海洋大学が優勝しています。ことしはどのチームに勝利の女神がほほ笑むのでしょうか。

海上保安大学校、出漕前のミーティング 海上保安大学校は1号艇
後進離岸してスタート地点へ
いよいよ決勝レースです
各艇スタート!
さすが上位チームはオールが揃っています
手前は審判艇

   やりました!海上保安大学校優勝!! 二位神戸大学。 女子は神戸大学が優勝、二位は九州看護福祉大学でした。

優勝者だけに許される勝利の「櫂立て」
「櫂立て」は「登舷礼」や「登檣礼」と同じく
相手に敬意を表する船の礼法です
全日本カッター連盟、鈴木会長
(神戸大学名誉教授)より賞状の授与
このあと優勝旗と各自にメダルが授与されました
会場では神戸新聞の号外も配布されました
「輝け!不屈のシーマンシップ」
「男子は海上保安大、女子神戸大が優勝」

   海上保安大学校では、男子も女子も全員がカッターの授業を受けます。冬になると耐寒訓練があり、夜も明けぬ暗いうちからカッターを漕ぎ出します。また夏には帆走巡航があります。夏は風が弱いので、重量の重いカッターを帆走させるには技量が要ります。うまく風を受けられないと奴隷船のように暑いなか漕走しなければなりません。大学校では、法令や大型船の操縦などを4年間で習得し、海技免状を取得してから現場に配属されます。今回の参加した艇員のなかで将来、徳島海上保安部に配属される人もいるのでしょうか。【アレックス】
第55回 全日本カッター競技大会 成績表
 順位  男子(2,000メートル) Time 女子(1,000メートル) Time
優勝 海上保安大学校  11m22.78s  神戸大学  7m01.31s 
2 神戸大学 11m32.38s 九州看護福祉大学 7m30.41s
3 長崎大学 11m32.50s  国立館山海上技術学校  7m20.00s
4  東京海洋大学海洋科学部  11m33.00s 三重大学 7m30.12s
5 防衛大学校 11m46.75s 東京海洋大学 7m44.03s
6 東京海洋大学海洋工学部 11m50.40s 長崎大学 7m53.50s
7 京都府立海洋高校 12m42.37s - -
8 三重大学 12m45.94s - -
9 日本大学 13m33.62s - -
10 水産大学校 13m37.63s - -
11 東海大学 13m44.69s - -
       神戸通信   平成23年5月17日   
   神戸通信(平成22年11月13日)ではLEDで電飾された神戸ポートタワーを紹介しましたが、現在は東日本大震災で大きな被害を受けた人々を応援するメッセージが表示されています。写真ではよく判らないかもしれませんが、実際に見に行くとメッセージを読むことができます。メッセージは下から上にスクロールしています。
   ガンバロウ東日本!【アレックス】
   神戸通信   平成23年5月11日   
   今日は朝から雨、霧もかかって視界が悪くなってきました。左の写真は神戸港中央突堤の方向です。もっと視界が悪い時もあり、写真を撮ったのですが、船もホテルの建物も真っ白で訳の分からない写真になってしまったので、少しマシな時に写した写真を掲載しました。こんな日は船同士の衝突が心配です。この日はランチクルーズの船も欠航していました。
    さて、気温も上がってきました。編集子は寒いのがきらいなもので、神戸徒歩旅行もしばらくサボっておりました。次の週末の天気が良ければ、ぼちぼち近所から探索してみましょうか。まずは第五話で紹介した諏訪山公園の少し西、奥平野浄水場に併設された水の科学博物館に行ってみることにしましょう。 【アレックス】
   神戸通信   平成23年4月25日   
   ふと窓の外を見ると岸壁に人だかりがしています。よく見てみると白い大きな魚が岸壁の近くを泳いでいます。魚ではありませんね、イルカでしょうか。岸壁の上には大きなネットが用意されています。捕獲するのでしょうか。しばらくするとネットが水中に降ろされ、海上保安庁の潜水隊が接近してきました。イルカを岸壁の隅に追っていき、ネットはだんだんと狭められていきます。そして船からクレーンで吊るされた担架にうまーく乗って吊り上げ、岸壁の上に丁寧に降ろされました。
こんな奥まで入り込んでしまったのですね 神戸海保職員の横をゆうゆうと泳ぐイルカ ネットが狭められていきます
神戸清港会の清掃船で吊り上げ 岸壁の上にゆっくり降ろされます 何歳くらいのイルカなんでしょう?
   岸壁に降ろされたイルカには、すぐに濡れた毛布がかけられ海水がかけ続けられました。そして車でどこかに搬送されてゆきました。報道によれば、このイルカはハナゴンドウとみられ、この後、須磨海浜水族園に運ばれ、状態をみて海に放すかどうか決めるそうです。イルカを注意深く診ていた人たちは須磨海浜水族園のスタッフだったのですね。担架には穴が開けられていて、その穴に胸びれがスポッと入るようになっていました。イルカ専用の担架だったのですね。
   海猿(海上保安庁の潜水隊の愛称)が海豚(イルカを漢字で書くとこうなります)を救助! もし須磨海浜水族園で飼育されることが決まったら、ぜひ会いにいきたいものです。【アレックス】
   このイルカはその後、須磨海浜水族園のプールで治療を受けていましたが、残念ながら死んでしまいました。腎機能が弱っていたそうです。元気になったら海に帰す予定だったそうでしたが、とても残念です。
   神戸通信   平成23年3月5日      高知(西部)に行ってきました
   前回は高知(東部)室戸岬灯台を見てきました。今回は西部、足摺岬灯台に皆様をご案内します。神戸から高知へは直通バスが走っていますが、時間を節約するため、今回は新神戸から岡山まで新幹線で行き、そこから特急「南風」で高知を経て終点、中村まで。さらにそこから土佐くろしお鉄道で宿毛まで行きます。そこから先は車しかありません。土佐くろしお鉄道の切符は現地で買うとして、それ以外の切符(新神戸→岡山→中村)と帰りのバス(高知駅→三宮バスターミナル)の切符は予め買っておきます。さあそれでは出発します。岡山での乗り継ぎ時間があまりありませんので、新神戸でお弁当を買っておきます。

   岡山08:51発の南風3号はアンパンマン列車でした。車体の外装、車内の天井、アンパンマンだらけです。南風3号では丸亀〜琴平間で車内販売を行っています。既に新神戸でお弁当は買ってあるのですが、、、、車内で買ってしまいました、アンパンマン弁当。おやつ代わりにいただきます!
   阿波池田駅、案内板には「のりかえ徳島・南小松島方面」と書かれています。反対側のホームにはJR四国色に塗装されたキハ47・徳島行き列車が停車しています。これに乗り換えれば大正館に行くことができますね。特急南風も徳島行き普通列車もディーゼルカー。いよいよ気動車王国に入国しました。
   阿波池田を過ぎると列車は吉野川沿いを縫うように走ります。特急南風は2000系振り子式気動車です。カーブの多い路線を振り子の性能を活かして高速で走りますが、揺れは相当で、加減速も頻繁に行われます。高知を過ぎると南下してきた列車は一路西に向かいます。左手には太平洋が見えてきます。
   南風3号の終点、中村でアンパンマン列車と別れ、ここからは土佐くろしお鉄道の車両で終点の宿毛まで行きます。左の車両は同社の8000系車両。左のカラフルな車両は、名物「達磨夕日」が描かれています。これもアンパンマンの作者、やなせたかしさんによるデザインです。ここからは車、足摺岬に向かいます。

   足摺岬に行く途中で叶埼灯台に寄ります。小さい灯台ですが初点は明治44年という歴史ある灯台です。現在の灯塔は昭和43年に改造されたものですが、小松島灯台と同じ五等フレネルレンズが使われており、均整のとれた美しい灯台です。叶埼灯台も足摺岬灯台も高知海上保安部が保守点検を行っています。

   足摺岬灯台は断崖の岬の上に立っています。その様子は少し離れた展望台から望むことができます。この展望台は、台風が接近したときにテレビのアナウンサーが「足摺岬では強風が吹き荒れ・・・」とか絶叫してアナウンスする定位置です。椿が植えられた遊歩道を歩いて灯台に近づくと、夕陽を浴びた灯塔がほんのりピンク色に染まっていました。ここで少し休憩し、日没を待つことにしましょう。
   あたりが真っ暗になる前に灯台が点灯し始めました。灯質は30秒に3閃光、白い光を発します。中ほどの窓は、沖合の暗礁を照らす照射灯です。再びさきほどの展望台に戻ってみましょう。遠くから見た足摺岬灯台は神々しく光っていました。

   さて、高知に戻ってきました。高知の目玉はやはり坂本竜馬なのですが、私的(わたしてき)にはこれ、土佐電です。
   土佐電気鉄道は高知市内を南北に走る路面電車。まずは桟橋通五丁目まで乗りましょう。この停留所には発条転轍機があり、観察することができます。
※ 観察は停留所内の安全な場所で行いましょう。
   そしてこの停留所の一つ手前に桟橋車庫前という停留所があります。そうです、今回は土佐電鉄の車庫を訪問する予定なのです。土佐電気鉄道は明治37年に営業運転が始まった歴史ある鉄道。総延長25キロ、南北に伸びる路面電車を運行する他、バスも運行しています。そしてこの土佐電の目玉は外国から輸入した車両達、ドイツ、オーストリア、ポルトガル、ノルウェーで運行されていた現役車両を輸入、国内の規格に合うように改修して使用しています。それでは車庫に向かいましょう。
※ 車庫内には許可を得て入場、土佐電鉄職員の引率で見学しています。また、写真撮影とインターネットへの掲載の許可を得ています。
桟橋車庫前の引き込み線 許可なく入ってはいけません 引き込み線の奥は車庫
   ポルトガルはリスボンで走っていた電車です。PINGO DOCE(ピンゴドース)はスーパーマーケットの広告で、いいものがすぐ近くでお買いものできます、と書いてあります。日本に着いた時には、車内に定期券と多数の乗車券が残されていたそうです。つり革が長いですね。
   ノルウェーはオスロから来た電車です。アルミ製の車体で、元の車体幅は2,400mmありましたが、土佐電鉄で走らせるには2,200mmにしなければなりませんでした。そこで中央部で200mmカットし、両側を4万個のリベット(鋲)で貼り合わせたそうです。
   お国柄座席が高く、私も座ってみましたが床と足の間に数センチほど隙間が開きました。扉の上に書いてある文章についてノルウェーの友人Andersen氏にメールで聞いたところ、直訳すると"Do not use the stairs until door has opened."と書いてあるんだそうです。北欧で走っていた電車だけあって暖房はすごく効くのですが冷房装置が設置できないため、高知の夏には使用できないそうです。この型のような(厳密には同型ではないかもしれませんが)旧型車両は現在でもオスロ市内を走っていて、空色に塗装されているそうです。
   さて、まだまだたくさん写真があるのですが、サーバーの容量制限もありますので、あと数枚アップして本話はお終いにしたいと思います。
車庫の中を水路が横切っています オーストリアからの来た電車は2軸車です 窓は乗務員がハンドルで開閉します
トラバーサー(遷車台)です おみやげコーナー(これは非売品) おみやげに買いました(300円)

電車物知り帳
   日本で最初に電車が運転されたのは東京、明治23年に上野公園で開催された内国勧業博覧会でアメリカから輸入した2両の電車が走ったのが始まりです。しかしこれは展示用の運転で、営業運転はその5年後の明治28年、京都七条から伏見間で開業した京都電鉄が最初ですので、こちらが「日本初」である、といわれています。
   土佐電気鉄道はその9年後、明治37年に詰堀〜乗出間で開業し現在に至っています。現在国内には19の路面電車が営業していますが、その中で一番歴史が古いのが土佐電鉄です。ちなみに東京都交通局が営業している都電は明治44年の開業。一番最近の開業は越前市にある福井鉄道で、昭和20年の開業です。(都電は「とでん」と呼ばれますが、土佐電鉄の愛称も「とでん」です!)
   新幹線の軌間(レール幅)は1,435mm標準軌。JR在来線やその他多くの私鉄で使用されているのが1,067mm狭軌。3フィート6インチに由来しているので三六軌間とも呼ばれます。その他東京の京王線やそれに乗り入れている都営新宿線は1,375mm偏軌を採用しています。これは馬車鉄道に由来しているので馬車軌間とも呼ばれています。さて、路面電車はどうでしょう。土佐電鉄は1,067mmの狭軌を採用しています。以下、路面電車の軌間採用例を記載します。
[1,435mm標準軌を使用している路線] ....京阪電鉄、京福電鉄、阪堺電鉄、熊本市交通局、鹿児島市交通局
[1,372mm偏軌を使用している路線] ....東京都交通局、東京急行(世田谷線)、函館市交通局
[1,067mm狭軌を使用している路線] ....土佐電鉄、札幌市交通局、富山ライトレール、伊予鉄道
   土佐電鉄はJR四国が使用している軌間と同じ規格ですので土佐電鉄の車両を土讃線に載せることはできます。しかし土讃線は非電化、一方土佐電鉄は直流600Vですので土讃線に乗せても動くことはできません。
   土佐電気鉄道は、はりまや橋を起点として東西南北に25.3Kmの営業運転を行っています。この距離は路面電車としては日本一長い距離ですので、土佐電鉄は日本で歴史が一番古く運転距離が一番長い路面電車、といえるでしょう。路面はほぼ複線ですが、伊野〜鏡川間の7.0Kmは単線です。
   土佐電鉄は外国から輸入した電車をイベント用に走らせていますが、その他にもユニークな電車があります。
[維新号] ....明治38年に製造された7号チンチン電車を復元したしたもの。
[花電車] ....電動貨車T型で、よさこい祭や電車の日のイベントの際に花電車として使用される。
[おきゃく電車] ....電車607号にテーブル、カラオケセットを取り付け、電車の中で飲んで歌って大盛り上がり。
   以上は、土佐電鉄株式会社交通サービス部電車グループ電車輸送輸送課発行の「電車物知り帳」から引用しました。
   知れば知るほど興味が湧いてくる土佐電鉄。いつか高知に住む機会がありましたら徹底的な特集を組んでみたいものです。今回は土佐電鉄さんのご厚意で車庫を案内していただきました。本当にありがとうございました。【アレックス】
   神戸通信   平成23年2月20日      海王丸を見学しました
   神戸港第一突堤(通称「一突」)に航海訓練所所属練習帆船「海王丸」が入港、見学する機会がありましたので写真を掲載します。海王丸は総トン数2,238トン、全長97メートルの4檣バーク型帆船です。マストの高さは水面から50メートル近くあります。この日は一突の西側に海王丸、東側に海上保安大学校の練習船「こじま」(正式には呉海上保安部所属の巡視船)が停泊。日本を代表する2隻の練習船が同じ突堤に停泊していたことになります。ちなみに「こじま」は総トン数3,166トン、全長115メートルで海王丸より大きいのですが、なにしろ海王丸は高さ50メートルのマストを4本も備えていますから、海王丸の方が随分大きく見えてしまいます。【アレックス】

帆走時に使用する操舵室と
そこから前方を眺めたところ
マストには多数の静索動索が取り付けられています
マストは後ろから風を受けるため後傾しています
こちらは機走時の操舵室
船の大きさの割には小さな操舵室です

船首のバウスプリット
4枚のジブセールが張られます
予備セイル
実習生が少しずつ縫っていきます
帆走時と機走時では航海灯が異なります
左「PROPELLING」 右「UNDER SAIL」

マストに登って帆を操作するには
マストの両舷に張られたシュラウドを登ります
こちらは一突東側に係留中の練習船こじま
夕日を浴びてほんのり朱に染まっています
両船とも電飾をしています
御安航をお祈りします
   神戸通信   平成23年2月13日      東京に行ってきました
   今回はアメ横に行ってきました。年末は安い魚介類を求める人々でごった返すアメ横ですが、今回は魚を買いに行ったわけではありません。探すのはフィリピン食材。前にここを通ったときにフィリピン食材の表示を見た記憶があるのですが・・・どこかビルの中に入っていたような・・・記憶をたよりにさまよいます。たしかこんなビルの中、でも見つかりません。こんなときには買い物客をチェックします。いました!フィリピーナ。フィリピンに住んだことがある人やフィリピンフリークなら雰囲気ですぐに分かります。きっとこの近くに目指す店があるに違いありません。ビルの地下を一周して、ありました!フィリピン食材だけでなく、その他のものを一緒に売っていました。
   フィリピンの人が海外でも欲しがるフィリピン製の石鹸、Safe Guardなんかも売っています。いろいろ買いたいところですが、今回は写真のLigoのイワシの缶詰、Datu Putiの酢、それにカッサバパイにチチャロンを買いました。Ligoのイワシ缶詰はスパイシーでおいしいです(それに安いです・・・日本のイワシの缶詰より私は好き)。食べ終わって残った汁は、玉子焼きを焼く際に最後にフライパンで玉子と一緒に加熱して食べるとおいしいですよ。Datu Putiの酢にはトウガラシや刻んだタマネギが入っていて、これも辛くておいしいです。よくスーパーで刺身の端切れを安くパックで売っていますが、それにこのお酢をマリネして(卸したショウガを混ぜるとベター)荒挽きの黒コショウをかければ、それだけで最高の酒のアテになります。
   フィリピンではカッサバ(芋の一種)とブコ(ココナツ)のパイが好まれます。ブコパイは丸ごと一枚売っていましたが、高かったので、カッサバパイのカットを買ってきました。チチャロンは、知る人ぞ知るフィリピンの有名はお菓子、ポークスキンを揚げたものです。カリカリしていておいしいのですが、なにしろ元はスキンですから、カロリーもコレステロールも多いのが難点。カッサバパイもチチャロンも、写真を撮る前に食べてしまいました、すみません。
   買い物が済んで外に出ようとすると、地下のコーナーではフィリピーナが数人座って雑談していました。「マガンダン ハポン」と声をかけたくなるのを我慢して(?)帰路につきました。場所が分かったので、東京に行った際にはまた行けますね。さて、今回は羽田空港から神戸空港経由で帰りましょう。【アレックス】
      
   神戸通信   平成23年1月30日      大正館に行ってきました
   大正館ウェブサイトの編集子は、去年の8月に小松島を離れて以来、神戸に住んでいます。神戸は都会。都会の喧騒の中で暮らしていると心が疲れてくるものです。疲れた心を癒しに小松島を訪ねることにしました。高速料金が安くなったお陰で徳島へは随分行き易くなりました。京橋インターから高速に乗って、明石海峡と鳴門海峡を渡れば徳島県。吉野川を渡ったら直ぐに左折、旧道を通って小松島に向かいます。
   そして遊山箱ランチをいただきます。味が薄めですので若い男の人には物足りないかもしれませんが、素材の美味しさが引き立ちますし、なにより高血圧の編集子には最適です。神戸では外食が多く偏食気味でしたので久し振りの御馳走でした。
   ランチが済んだらひな人形の飾り付けにかかります。今年は大正館の一階に七段飾りを二式飾ることにしました。飾り付けの邪魔になる棚を取り外したり、説明書を片手に悪戦苦闘して人形を並べ、2時間以上かかって飾り付けが終わりました。
   飾り付けが終わってから、近くの焼肉屋「昴」でスタッフミーティング。その後「長楽苑温泉」で風呂に入り、再び大正館近くのスナック「めいげつ」で反省会(?)。結局、大正館に戻ったのは午前0時過ぎ、帰る頃には小雪が舞っていました。大正館は大正時代に建てられた町屋。隙間風で部屋の中も寒い寒い。布団や毛布を何枚か重ねて床につきます。朝起きたら裏庭の大正池に氷が張っていました。
   楽しかった2日間もあっと言う間に過ぎ、神戸に帰る時が来ました。次はいつ大正間に来れるでしょう。【アレックス】
   神戸通信   平成23年1月18日      神戸港に帆船が入港しました
   港に行ってみましたら帆船が停泊していました。高いマストですので遠くからでもよく見えます。海王丸は、総トン数2,238トン、全長97メートルの4檣バーク型帆船です。マストの高さは水面から50メートル近くあります。揺れるマストに登ることを想像するだけで足がすくみますね。
   さて、今日はなんの日かご存じですか? 118番の日なんですよ。
118番は海上保安庁につながる緊急電話番号。海のもしもは118番ですよ。【アレックス】

   神戸通信   平成23年1月9日      東京から神戸に帰ってきました
   東京へは車で8時間程度の旅でしたが、帰りの神戸へは13時間かかってしまいました。途中買い物をしたり食事をしたり、そして渋滞があったり、カーナビのデータが古いため遠回りしてしまったのが原因です。そんなこんなのノンビリ楽しい旅でした。途中で撮った写真をアップします。神戸に帰りついたのは夜遅く、高速湾岸線から錨山と市章山のイルミネーションが見えた時には「帰ってきたな」って思いましたね。さあ、火曜日からは仕事です。【アレックス】
10時半に東京を出発
東京は快晴、国会は暴風雨ですかね
東名高速の途中で撮影
途中ところどころで渋滞がありました
東名・由比パーキングエリアの展望台
富士山と駿河湾が展望できます
東名・浜名湖パーキングエリアで日没 伊勢湾岸・刈谷パーキングエリアで味噌カツ丼 名神・多賀パーキングエリアで甘エビ天きしめん
   神戸通信   平成23年1月7日      東京にいます

深大寺 本堂

大師堂 元三大師が祀られています

大師堂の中 ここで護摩供養が行われます

スカイツリーの高さは539mに達していました
   今年は元日に車で東京に行きました。途中ちらほら雪が降りましたが渋滞はなく、8時間ほどで東京に着きました。去年は小松島の光善寺と日峯神社で初詣をしましたが、今年は東京、NHKのテレビ小説「げげげの女房」に登場した深大寺に行きました。このお寺はたくさんの人が初詣に訪れるため、三が日は駐車場に車を入れるまでそうとう待たなければなりません。混んだところは嫌いな編集子ですので、4日に行きました。
   深大寺では本堂にお参りする人も多いのですが、元三大師(がんざんだいし)を信仰する人が多く、本堂の左奥にある大師堂にもたくさんの人がお参りをします。私もその一人です。大師堂では毎日3回(土日は5回)護摩供養が行われますが、三が日はなんと、40分おきに一日13回の供養が営まれます。
   護摩供養は、僧が吹く法螺貝の音を合図に始まります。供養が始まる頃には大師堂は供養を受ける人々で一杯でした。深大寺は天台宗のお寺で、護摩供養では密教の秘儀が修されます。太鼓に合わせ読経が行われ、両側の護摩壇では護摩の火がメラメラと燃え上がります。約30分の供養が終わると、名前と祈願が書かれたお札をいただきます。私は家内安全、そして娘は後厄の厄除けの祈願をしてもらいました。
   今年もまた大正館に行って裏庭の手入れができるといいなと編集子は思っています。大正館サイトをご覧の皆さまにとって本年が良いお年でありますようお祈り申し上げます。本年も大正館と大正館ウェブサイトをよろしくお願い申し上げます。【アレックス】
   東京滞在もあっという間に終わり、明日は神戸に帰りましょう。
   神戸通信   平成22年12月27日   
   ふと南の空を見ると空に黒い玉が見えます。よく見ると飛行船、どんどんこちらに近付いてきます。
   今日は西風が強く、上空は地上よりうんと強いのでしょう。飛行船は東に流されながらも、ときどき方向を西に向けて流されないようにしているようでした。のどかに見える飛行船も、今日はとても揺れていたのではないでしょうか。保険の宣伝のようですが、神戸市街からは逆光で見えにくいのが難点でした。【アレックス】
   神戸通信   平成22年12月18日      ボアボッカ in 神戸
   ボアボッカは不定期なポルトガルレストランです。以前、平成21年5月31日に大正館で ボアボッカ in 徳島 が開催されました。ここ神戸ではだいたい月1回開店します。今日は ネムの木 さんが徳島から来られ、私も誘われて ボアボッカ in 神戸 に行ってまいりました。神戸ではアトリエ+ギャラリーはるひ、というところで開店します。洋風の扉を開けるとそこは別世界、板の間があって木でできた階段があって壁には柱時計が掛けれらていて、大正館を感じさせる雰囲気です。ここは家から歩いて来れる距離、昼間からワインをいただきながらお料理を堪能しました。干し鱈もディルも私の大好物です。ご馳走さまでした。【アレックス】
      
      
      
ボアボッカのウェブサイトへはこちらからどうそ(http://www.boaboca.com/)
   神戸通信   平成22年12月8日      サンタ灯台
   神戸港に客船「飛鳥U」が入港しました。全長240メートル、総トン数5千トン。遠くから見てもその大きさが分かります。でも今回紹介するのはこの客船ではありません。中央の写真、黄色の丸。この丸の中に神戸港の「赤灯台」と呼ばれる「神戸第一防波堤西灯台」があります。この灯台が今、サンタ灯台になって港を行き交う船を見守っています。このイベントは、この灯台を管理する神戸海上保安部と神戸港振興協会、それに神戸港の活性化に取り組むNPOのコラボレーションで、12月27日まで行われます。沖防波堤ですので歩いて見に行くことはできません。港周遊の観光船やレストランシップから眺めて下さい。【アレックス】
   神戸通信   平成22年12月7日      神戸の徳島ラーメン
   私が今年の8月に徳島から神戸に引っ越す直前にしたことが徳島ラーメンを食べること。神戸に来たらもう食べられないと思っていたからです。ところが、あるじゃあないですかあ!場所は元町駅の近く、徳島では有名なラーメン屋さんです。今日は懐かしくなって入ってみました。ここは繁華街にも近く、こってり派の若いお客さんがたくさん入っていました。かためん(480円)チャーシュー丼セット(+300円)を注文、懐かしい味を堪能しました。血圧の高い私にラーメンはあまりよろしくない、スープが美味なラーメンは特にだめです。あまり頻繁には足を運べませんが、また徳島が懐かしくなったら暖簾をくぐることにしましょう。【アレックス】
   神戸通信   平成22年11月29日      インド沿岸警備隊 巡視船 VISHWAST 入港
   神戸港にインド沿岸警備隊の巡視船VISHWASTが入港しました。VISHWASTは90m型巡視船で、ヘリコプター、5隻の高速艇、30mm機関砲1門を備え、速力26ノット以上で航走するすることができる新鋭巡視船です。VISHWASTの前方には神戸海上保安部所属の巡視船せっつが接岸しています。VISHWASTのホストシップをしているのでしょう。日本の海上保安庁とインドの沿岸警備隊は、その昔、日本人船員が乗船していた貨物船がマラッカ・シンガポール海峡で海賊に襲われ、その船をインド沿岸警備隊の巡視船がインド洋で捕捉したとことから関係が始まり、その後毎年交互に相手国を訪問して連携訓練を行っています。今回も大阪湾で連携訓練が行われるという情報が入っています。中国との関係が悪化している昨今、インドとこうした形で連携が図られていることはとても頼もしいですね。【アレックス】
   神戸通信   平成22年11月24日 〜 12月24日      クリスマス・イルミネーション
   寒くなってきました。あんなに暑かった夏が過ぎ、いきなり冬がやってきた感じです。ここ神戸では、あちらこちらにクリスマスのイルミネーションが飾り付けられつつあります。比較してはいけないのですが、小松島からやって来ると、さすが観光地は違うなーという感じです。もともと神戸は外国との貿易で栄えた港でもありますからオシャレなのかもしれませんね。私の場合、帰宅はトアロードの上り坂をずっと登っていかなければならず、冬の帰宅は暗くて寒くて辛いものがありますが、イルミネーションを楽しみながら上り坂の苦しさを忘れようと努めています。そんな訳で帰りの道は毎日違ったルートを辿っていきます。そんな帰り道で写した写真をアップしていこうと思います。クリスマスまでに何枚撮れるでしょうかね。【アレックス】

#1 北野ホテル
最初の写真はご近所の景色から 11/24撮影

#2 鯉川筋
神戸徒歩旅行第三話で登場しました 11/25撮影

#3 神戸 メリケンパーク オリエンタルホテル
本物の灯台が設置されているホテル 11/29撮影

#4 神戸ルミナリエ
神戸ルミナリエは、平成7年1月17日に発生した
阪神淡路大震災における犠牲者への鎮魂と復興
を願い、その年の12月から始められたものです。
今年は震災が発生してから16年目になります。
ルミナリエの会場はこの時期、車両進入禁止と
なり、人は元町側からの一方通行になります。
12/03撮影


#5 神戸中華街(南京町)
夜もたくさんの人で賑わっています 12/06撮影

#6 北野工房のまち
楽しいお店が入っています 12/08撮影

#7 MEDITERRASSE
若い人向けのビルです 12/11撮影


#8 JR三ノ宮駅前
2階コンコースと一体で綺麗です 12/12撮影

#9 三ノ宮そごう
徳島そごうも飾り付けられてますか? 12/16撮影

#10 北野坂
長い坂の街路樹全部に飾り付け 12/20撮影


#11 ホテル オークラ
笑うサンタクロース 12/22撮影

#12 カトリック神戸中央教会
心が洗われます 12/24撮影

そして我が家
メリー クリスマス 12/24撮影
   神戸通信   平成22年11月14日   
   神戸徒歩旅行第三話「移住者の歩いた道」、道の途中には神戸海上保安部があり、停泊している巡視艇の写真も掲載しました。
  今、その神戸海保が大変なことになっています。事の中身はニュースでご承知でしょう。今日、神戸海保が入る合同庁舎の前を通ったところ、駐車場にはたくさんの中継車が停車し、多数の報道関係者が待機していました。特に地下駐車場につながるスロープの前には脚立が何個も置いてあり、いつでも撮影できる態勢、その横では不測の事態に備え兵庫県警のパトカーも待機していました。
   大正館サイトは徳島海上保安部を応援しています。頑張れ徳島海保、頑張れ神戸海保、頑張れ海上保安庁!【アレックス】
   神戸通信   平成22年11月13日   
   東京と言えば(絶対)東京タワーです。で、横浜と神戸と言えば、ポートタワーでしょうか。昨夜神戸ポートタワーの近くを通りましたら、いつもと違う光り方をしていたので行ってみました。でも着いてみれば、いつもと同じ光り方をしているではないですか。(左の写真)
   タワーの人に聞いたら、あと30分で光り方が変わるそうです。ちょうど、さっき買ってきた鯛焼があるので食べながら待つことにしましょう。
   鯛焼を食べていたら雀が近寄ってきました。人間に慣れてますね。鯛焼をちぎって彼(彼女?)にも分けてあげます。  
  
   鯛焼は5分もせずに食べ終わってしまいます。もう寒い時分、足踏みしながら待ちます。
   あ、変わりました。(右の写真)LED照明で色は自由自在ですが、昨夜はオレンジとグリーンを交互に繰り返していました。今日11月13日はDV防止キャンペーン、シンボルカラーであるパープルに点灯されていることでしょう。(昨日写真を撮ったので、今晩は行きません。)【アレックス】
   神戸通信   平成22年10月30日     大阪の夜景
   今日は、大阪市卸売市場に行ってきました。写真はビルの16階から見た景色です。右は安冶川水路、左奥が大阪梅田の方向です。都会の美しい夜景でした。
(でも小松島が懐かしいです)【アレックス】
   神戸通信   平成22年10月30日     灯台展示@五管本部
   11月1日は灯台記念日です。全国の灯台で一般公開などが予定されていますが、台風の影響で既に中止が決定しているところもあります。ここ神戸には神戸海上保安部の他に、その親分である第五管区海上保安本部があり、神戸市中央区海岸通の合同庁舎の中に入っています。その合同庁舎の一階ロビーでは、灯台の展示が行われています。
      
   左に見えるのは第4等フレネルレンズです。小松島にある小松島灯台の第5等フレネルレンズよりひと回り大きいですね。本物の点灯制御装置に接続され、とても明るく点灯していました。その奥の白い灯器(緑灯)と赤い灯器(赤灯)は、浮標や防波堤灯台などで使用されるLED灯器。太陽光エネルギーだけで点灯しますので、とても環境に優しい灯台です。
   右の写真はマーキング装置。浮標の上部周囲に設置され、当て逃げする船舶に特殊な塗料を吹きかけます。装置が作動すると信号が海上保安部に送られ、当て逃げ船は巡視船に追われることになります。そして船体に付着した塗料が動かぬ証拠となります。
      
   その横では灯台用の電球が展示されていました。よく見ると電球に「灯台用」と記載されています。灯台専用の電球なんですね。大型の電球は上部に空間を持つものがあります。フィラメントが白熱するとフィラメントが少しずつ蒸発し、それがガラスに再付着して黒くなり、電球の光度が低下してしまいます。それを防止するためにフィラメントの上部に空間を作り、蒸発したフィラメントをこの空間で再付着させることにより、光度を低下させないようにしているんだそうです。灯台は上方に光を照らしませんから、この部分が多少黒くなっても光度に影響が出ない仕組みになっているんです。
   右の写真はAIS、自動船舶識別装置というもの。これは比較的最近開発されたもので、船舶が自船の船名や針路・速力などのデータを自動的に発信するものです。このデータを受信すると相手船の船名が分かるので無線で呼び出すときに便利ですし、島影などレーダーでは探知できない相手の存在を知ることができるので航行上の安全が向上します。

     その第五管区海上保安保安部交通部で、「灯台見回り船”こううん(幸運)”クリスマス夜間特別巡回にご招待」
  というイベントが企画されています。彼女の心に灯を灯したい方は応募されてみてはいかがでしょう。
     詳細は第五管区海上保安本部サイトのイベント欄に詳細が記載されています。【アレックス】
     ※ 募集は既に終了しています。来年も企画されるといいですね。
   神戸通信   平成22年10月23日     串本に行ってきました
   串本(和歌山県)は本州最南端の地です。今回は新大阪から紀勢線・特急「オーシャンアロー」で3時間の旅でした。途中、白浜温泉などの観光地があるため、平日にもかかわらず列車にはけっこう乗客が乗っていました。今回の目的は樫野埼灯台と潮岬灯台です。樫野埼灯台は中に入ることはできませんが、外側の階段を伝って灯塔に上がることができます。また、潮岬灯台は中を参観することができます。新大阪を出発するときは天気が良かったのですが、南に下るにしたがい雲行きが怪しくなってきました。

右手に海が見えてきました

オーシャンアロー、串本駅着

本州最南端、ハイビスカスが咲いています

きれいに整備された樫野埼灯台

明治3年初点

天気が悪かったので点灯し始めました!

建設当時の樫野埼灯台

樫野埼沖合の岩礁、風雨が強いのが分かりますか

エルトゥールル号殉難将士慰霊碑

   エルトゥールル号遭難事件
   樫野埼を紹介するには、トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件を語らない訳にはいきません。

   エルトゥールル号はトルコ(当時はオスマン帝国)海軍の木造フリゲート艦で、明治22年に日本(当時は大日本帝国)の皇族がイスタンブールを訪問したことに応えるため、明治23年7月に練習航海を兼ね日本に向けイスタンブールを出港しました。途中各国に寄港し、イスラムの人々から熱狂的な歓迎を受けました。航海では様々な困難に遭遇しましたが、翌明治24年6月に横浜に入港、司令官オスマン・パジャはオスマン帝国皇帝からの親書を明治天皇に手渡しました。

   エルトゥールル号は木造船で船齢も26年に達しており(現在でも船の寿命は20〜25年といわれている)、横浜を出港しようとしていた時は台風が接近していたため、日本側は台風をやり過ごしてから出発するよう勧めました。しかしエルトゥールル号は9月15日に横浜を出港、翌16日には樫野埼沖合に達しましたが、折からの台風による強風により岩礁に吹き寄せられ座礁、木造の船体は大破しました。そして運よく岸まで流れ着いた生存者が急な断崖をよじ登って樫野埼灯台に遭難を知らせたのです。

   遭難を知った大島村(現在の串本町樫野)では住民総出で遭難者の救助と救助された乗組員の介抱にに当りました。当時は物が豊かではない時代でしたし、台風のため出漁できず食糧の蓄えもわずかしか残っていませんでしたが、それらを遭難者のために供出し、寺や学校、灯台に収容して介抱しました。最終的に司令官オスマン・パジャ以下587名が死亡または行方不明となりましたが、69名が救助され、一旦東京に戻った後、日本海軍の軍艦、比叡と金剛により翌年1月に母国に送り届けられました。

   この事件が報道され、大島村の住民の活動も紹介されたことから、トルコの人々は日本に対して好印象を抱きました。オスマン帝国はロシア帝国から圧力を受けていたこともあり、その後、日露戦争で日本がロシアに勝利すると、東の小国日本の快挙として好印象が強くなっていきました。エルトゥールル号殉難将士慰霊碑の前では、5年ごとに追悼式が行われます。今年は事件が発生して120年目に当たり、皇族からは寛仁親王殿下が参列され、盛大に追悼式が執り行われました。
   エルトゥールル号殉難将士慰霊碑の近くにトルコ記念館があります。エルトゥールル号の模型や海底から引き揚げられた遺物、遭難事件に関する文献等が展示されています。
   両サイドの写真はトルコ記念館のパンフレット。上の「樫野埼沖合の岩礁」の写真は記念館で撮影したものです。エルトゥールル号はこの岩礁に座礁したのです。
   大正館サイトの読者の皆様はイラン・イラク戦争をご記憶ですか? 当時イランに215名の邦人が取り残され救助を待っていました。そして彼らを救助したのが日本のフラッグシップ・日本航空、ではなく、トルコ航空だったのです。各国が自国の航空機を派遣して自国民を救助する中、日本航空は飛行の安全が保証されない限り飛行機は飛ばさないとし、自衛隊も海外派遣ができませんでした。このような状況の中、在イラン野村豊大使がトルコのイスメット・ビルセル大使に窮状を訴えたところ、ビルレル大使はエルトゥールル号を引き合いに出し、トルコ航空で邦人を輸送することを即答しました。これにより在留邦人は救助され、トルコ経由で日本に帰国することができたのです。現在日本航空は資金援助を受けてなんとか生き延びている状態ですが、いざという時、誰が日本と日本人を助けてくれるのか、ということをつくずく考えさせられます。


潮岬灯台は参観ができ、資料館もあります

最初は木造灯台でした

潮岬灯台も点灯していました

とてもきれいな御影石の螺旋階段です

灯塔からの眺望

   帰りは都合で紀伊田辺から紀勢線・特急「くろしお」で帰りました。その昔、アレックスが大学生だった頃、一度紀勢線の岩代駅に降りたことがあります。歌手の谷山浩子さん(知ってますか)が歌っている、南部の次の岩代駅♪という歌詞に誘われて来たのです。特急は岩代に停まりませんので車窓からちょっと見えただけでしたが、昔はホームから海が見えたように記憶していたのですが、今は樹木が生い茂っていて海は見えませんでした。それにしても今回は灯台を巡っている間だけ雨が激しく降っていました。なにか行いが悪かったんでしょうか。車窓左手の海が見えなくなってくればそろそろ和歌山ともお別れです。【アレックス】
   神戸通信   平成22年10月16日      第五管区海上保安本部海上訓練展示を見てきました
   神戸港中央突堤からヘリコプター搭載型巡視船せっつ(全長105m、総トン数3,100トン)に乗船、須磨沖で行われる海上訓練を見学する航海です。東京湾で毎年5月に行われる観閲式とは異なり、海上訓練展示ですので、観閲(観閲官が観閲船の高い所に立って参加各船を観閲する)はなく、海上訓練を展示して乗船者に見てもらう、というものです。五管本部所属巡視船艇の他、神戸税関と神戸市消防局の船も参加していました。巡視船せっつはヘリコプターを搭載する大型の巡視船ですが、右舷側で行われる訓練を見ようと乗船者が右舷に集まり、さすがのせっつも右舷側に傾いでいました。勿論安全には支障ありません。海上保安庁の潜水士を描いた映画 海猿 The last message は全国東宝系の映画館で上映中です。【アレックス】

巡視船せっつ船首

同船尾

右舷に傾いでいるせっつ

放水展示

吊上げ救助訓練

逃走船捕捉訓練
   神戸通信   平成22年10月13日      高知に行ってきました
  アンパンマンの作者、やなせたかし さんは高知県の出身。JR四国にはアンパンマン列車が走っています。写真は高知駅停車中の特急南風。高知駅は地元で採れた杉材で作られた見事なアーチ屋根で覆われています。高知からは岡山までは直通の特急列車が運行されています。
  高知駅前からは土佐電気鉄道が走っています。南は桟橋通り、東は御免、西は伊野まで走っていて、御免、伊野までかなりの距離を走ります。そして、この土佐電鉄が存在しているため、徳島は「全国で唯一電車の走っていない県」の座を確保しているのです。
  高知から東にJRで御免まで行くと、そこからは土佐くろしお鉄道阿佐線、通称ごめん・なはり線が奈半利まで走っています。計画では阿佐東線*1と繋がる予定でした。完成していれば徳島から高知まで特急で直接行けた*2ことでしょう。
*1 小松島散策第二十話を参照して下さい
*2 現在は阿波池田で乗換えなければなりません

  さて、いろいろ鉄道を紹介してきましたが、今回の目的は室戸岬灯台です。鉄道は奈半利までしか行っておらず、そこから室戸岬までは車になります。灯台ですから、点灯しているところも見てみたいもの。今回は日没時を狙って行ってみました。
  室戸岬といえば台風を思い出すのではないでしょうか。毎年大きな台風が通過する室戸岬ですが、ここ数年は台風が来ていません、気候の異変を感じます。
  室戸岬へ通じる道にはハイビスカスがたくさんの赤い花を咲かせています。南国土佐の高知です。灯台へは左の写真に写っている道路を登っていきます。
  駐車場に車を止め、第二十四番札所最御崎寺(ほつみさきじ)の横を通り、室戸岬無線方位信号所跡まで来れば、目の前に室戸岬灯台が姿を現します。
  もうすぐ日没。夕陽を浴びる白亜の灯台のなんと美しいこと。
  室戸岬灯台は、明治32年に初点。鉄製の灯台で、現在も当時の原形を保っています。実効光度160万カンデラ、光達距離26海里は日本一。光を収束させるレンズ*3は直径2.6メートルの第一等フレネルレンズで、外から見てもその大きさに圧倒されます。
*3 灯台のレンズの仕組みを知りたい方は小松島散策第六話をご覧下さい。レンズの仕組みと第五等レンズが紹介されています。
  日没がせまってきました。室戸は気象条件が良ければ夕日が達磨の形になることで有名ですが、今日は水平線付近に雲があって、太陽は雲の後ろに沈みます。
 それからしばらくして灯台が点灯。点灯するする瞬間を見たのは感激でした。直径2.6メートルのレンズが指向性の光を発しながら回り始めます。
  灯台を見た帰りは最御崎寺にお参りします。木々に囲まれた境内は既に暗く、歩くのに苦労しました。徳島県にある第二十三番札所薬王寺から第二十四番札所最御崎寺までの距離は、八十八ケ所の中で二番目に長く、およそ76キロあります。普通に歩いて約22時間、通常は3日間をかけて歩く距離です。
  当サイトでは徳島県内小松島以南の札所、第十八番恩山寺から第二十三番薬王寺(及び番外札所の鯖大師)を紹介しています。サイト上でこれらの札所を周ってみませんか。小松島散策第五話から順に巡ることができます。

  みなさんは11月1日が灯台記念日だって知っていますか? この日は日本で一番最初に建設された洋式灯台、観音埼灯台(神奈川県)の起工式が執り行われた日です。起工式は明治元年、1868年に執り行われましたから、それからもう140年以上が経ちます。
  ここ室戸市では、11月1日に一番近い週末に灯台まつりが開催され、灯台が一般に公開されます。また、そのうちの土曜日は午後5時から7時まで、夜の灯台の内部を見ることができるんです。私もこの日に行きたかったのですが残念です。今年(平成22年)は、10月31日(土)と11月1日(日)に開催されます。関西四国近辺の灯台ファン必見です。
  ちなみに日本の航路標識は海上保安庁が保守していることは、大正館サイト読者の皆さんならご存知ですよね。海上保安庁では沿岸情報提供システム(MICS)を運営していますので、海に行かれる方はここから有益な情報を得て下さい。そして万一なにか起きてしまったら、海のもしもは118番ですよ。【アレックス】
  以下の写真は、昨年の灯台まつりに行かれた方からいただきました。リベット(鉄板接合鋲)が美しいです。
   神戸通信   平成22年10月2日      東京に行ってきました
   徳島から東京に行くには4通りの方法がありました。一番楽なのは飛行機ですが1社しか就航していないせいもあって料金が高いです。一番ノーマルなのはバスで新神戸まで行き東京まで新幹線。新幹線に乗り遅れないように早めのバスに乗る必要がありました。もう一つは少々マニアックな高松・岡山経由の旅。楽しい旅ですが、大正館最寄りの駅、南小松島から乗車すると3駅で乗換えなければなりませんでした。深夜バスも使いましたが、疲れが溜まりましたね。
   今は神戸に住んでいるので新神戸から一本、仕事が終わってからでも十分行くことができます。今回JR東海が発行している新幹線用ICカード、EX-ICを買ってみました。EX-ICはインターネットで予約でき、何回でも変更可能な優れものです。
   EX-ICは新幹線専用なので在来線では使用できませんが、PASMOやICOCAを併用するとそのまま在来線に乗り継ぐことができます。例えば、兵庫の三ノ宮から東京の中野まで新大阪経由で行く場合、三ノ宮ではICOCAで入場、東海道線新快速で新大阪へ行きます。そして新幹線改札に進み、改札でEX-ICとICOCAを一緒にタッチします。次に、東京駅の新幹線改札ではEX-ICとPASMOを一緒にタッチ、そのまま中央線快速で中野まで行きPASMOで出場します。便利でしょ?
   写真左上がEX-IC、その右側は新幹線改札で発行される「ご利用票(座席のご案内)」です。ご利用票は乗車券として使用できませんが、車内の改札ではこれを提示します。車内改札の際に周りを見ますとEX-ICを使っている人が多いことに気づきます。

   前回の神戸通信では東海道線について紹介しました。今では東京駅が起点となっていますが、開業当初は新橋停車場が起点でした。当時の新橋停車場は現在の汐留駅の近く、当時の雰囲気を伝えるモニュメントとして整備されています。
   レールは字型の双頭レールが使われ、当時はレールを枕木に締結する台座まで小石混じりの土が被せられていました。展示されているレールは当時のもの。ホームに接続する建物は、当時の駅舎の写真や図面などを基にできるだけ忠実に再現されています。建物には、鉄道歴史展示室やビアホールが入っています。今回は時間がなかったのですが、次回は展示室を覗いて、往時を偲びながらジョッキを傾けたいですね。

   東京といえば、なんといっても(スカイツリーが完成しても)東京タワーです!昭和33年12月23日完工(編集子は昭和33年12月16日生まれですので東京タワーは1週間年下)。映画Alwaysでは徐々に高くなっていく様子が描かれているのをご記憶の方も多いと思います。
  写真を撮った日はちょうど満月。タワーは青色に点灯していました。メッセージは「水・命」。ライトの色は日によって変わり、そのスケジュールは東京タワー公式サイトで調べることができます。
  右の写真はテレビ(特にニュース)で見かける六本木ヒルズ。東京タワーの写真はヒルズから撮影しました。

   さて、写真も撮ったことですし、近くに飲みに行きましょう。六本木ヒルズにはオシャレな店がたくさんありますが、私には敷居が高いですね。私のお気に入りは麻布十番にある「あべちゃん」。ここの煮込みは逸品です。下の中央の写真、なんだか分かりますか? あべちゃんのタレを入れた壺です。何十年も注ぎ足したタレがおいしさを増します。焼豚(やきとん)もおいしいですが、こんなタレを使っているのですからシオよりもタレをお勧めします。お酒がどんどん進みます。
  帰りは都営大江戸線を利用します。一番近い駅は麻布十番駅ですが、酔い覚ましに六本木駅まで歩きます。駅の近くまで行くとタコ焼屋があって立ち飲みができるではないですか。自然と足が向いてハイボールも頼みます。たこ焼は熱いプレートに乗せられて、それにキムチと生卵がトッピング。白身はプレートで熱せられて白く固まっています。黄身を割るとトローリとろけます。お、おいしい、ハイボールお代わり! これでは酔い覚ましに歩いた意味がないですね・・・

   東京にはおいしい店がたくさんあります。しかも安くておいしい店もあって墨田に住む友人の周辺にはそんな店が多いです。今回もそんな店の一つに案内してもらいました。店に行く途中、建設中のスカイツリーが見えました。その日は雨が降っていて、てっぺんは雲に隠れていました。右は墨田に住む友人の家の猫です。【アレックス】
   神戸通信   平成22年9月21日     東海道本線
   皆さんは東海道本線と山陽本線の境界はどこだと思いますか? 私は大阪だと思っていたのですが、実は神戸でした。先日、神戸駅で乗り換えた際に、線路の脇に境界を示す標識があるのを見つけました。

駅の南側はハーバーランドです

「東京基点 589K 340M 神戸起点 0K 0M」

枕木にも「東海道」「山陽」の文字が
  日本で最初の鉄道は1872年(明治5年)新橋・横浜間に開通しました。これが東海道本線の最初の姿で、北は新橋から東京まで延伸、横浜からもどんどん西に進んでいきました。多くの列車が走り、東京から西鹿児島まで行くブルートレインは当時「走るホテル」と呼ばれていました。その後、日本国有鉄道はJR各社に分割され、航空機や新幹線の発達により長距離列車はどんどん姿を消していきます。東海道本線は現在、JR東日本・東海・西日本の3社によって運行されています。
  それにしても淡路島を経由して徳島まで鉄道が開通していたら、今の徳島や小松島はどんな状況だったでしょうね。おそらく電化されて阪神地区まで1時間少々で行けたのではないでしょうか。鉄道マニア、そして徳島ファンとしてとても惜しいです。図中、紫の線はJR四国が運行する路線、もちろん想像上の鉄道です・・・【アレックス】
 西明石駅にて
   神戸通信   平成22年9月18日      虹
   先日、仕事でとある港に行った際、虹が出ていたので写真に撮りました。陸上では短時間ですがかなり強く降ったそうです。私は海上にいたのですが、雨は降りませんでした。虹は海上から見て降雨域の外側に見えました。肉眼ではかなり濃い色を見せていた虹ですが、写真に撮ってみると薄いですね。思わず願い事を唱えてしまいました。ここは神戸に比較的近い港ですが神戸港ではありません。写真を見てこの港がどこか分かった方は相当な港博士ですね。【アレックス】
   神戸通信   平成22年9月11日      ICOCA
   東京で電車やバスに乗るのに便利なのがPASMOとSuica。PASMOは私鉄系、SuicaはJR系です。両者の利用範囲はほぼ共通しているので、特殊な機能(普通列車グリーン車Suicaシステムとか)を利用しないのであれば、どちらを選ぶかは好みです。
   大阪(神戸)で使えるのがPiTaPaとICOCA。同じくPiTaPaが私鉄系、ICOCAがJR系です。こちらもほぼ共通して利用できるのですが、大きく違うのは、PASMO、Suica、ICOCAがプリペイド(事前にチャージする)なのに対し、PiTaPaだけはポストペイド(使用額が口座から引き落とされる)なのです。PASMOなどはポストペイドも選択可能ですが、プリペイドであれば駅の自動券売機で即購入することができます。一方PiTaPaはポストペイドのみなので、申し込んでから手元に届くまで3〜4週間かかります。編集子はそれを知らず、駅の人にPiTaPaが買える券売機はどれか?と聞いてしまいました。駅の人は申込書をくれました。
   という訳で、私鉄派の編集子ですが、さっきJR元町駅の自動券売機でICOCAを買ってきたところです。写真、左がICOCA、右が「電車mo バスmo PASMO♪」です。ICOCAは色が薄いのでよく写りませんでした。PASMOはもうずっと使っているので少しくたびれていますね。あなたはどちら派?【アレックス】
   神戸通信   平成22年9月8日      フィリピンからのお客様
   昨日は三宮の居酒屋で、フィリピンからのお客様と懇親会を開きました。彼らは、私がフィリピンで勤めていた沿岸警備隊のメンバーで、マニラ通信特派員ティシャと同じくJICAの研修で来日したのです。実は研修の日程やメンバーなどの詳細を知らなかったのですが、職場の食堂で偶然会い、お互い知っている仲だったのでビックリしました。そうなれば懇親会を開かない訳にはいきません。昔話に花が咲いた3時間でした。記念写真にはお店のスタッフにも入ってもらいました。今日は神戸通信でもフィリピン語の練習をします。皆さん覚えて下さいね。【アレックス】
フィリピン語 今日の練習は
 日本語  ありがとう
 フィリピン語   Salamat(po) [サラマッ(ポ)] 
 丁寧な表現をしたいときは「ポ」を挿入します
   神戸通信   平成22年9月5日      震災の爪痕
   平成7年1月17日05時46分52秒、神戸と鳴門の間に位置する淡路島北部を震源とするマグニチュード7.2の地震「阪神・淡路大震災」が発生。この地震により6千名以上の方が犠牲となりました。遠く離れた徳島でも大きな揺れを観測。この地震がいかに強烈であったかを示しています。神戸市内国道2号線、税関前交差点の少し西側に、この地震で損傷した国道2号線浜手バイパスの橋脚、伸縮装置、支承が保存されています。これを見れば、地震の力がいかに大きかったかが分かります。【アレックス】

現在の国道2号線浜手バイパス(上下二段の高架橋)
   神戸通信   平成22年9月1日      神戸トアロード周辺のローズマリー
   神戸に引っ越してから街中を歩いたり自転車に乗って彷徨っています。最近気が付いたことですが、トアロード周辺にはたくさんのローズマリーが生えています。神戸ではもう1カ月以上雨が降らず、土はカラカラに乾いていますが、ローズマリーは元気に成長。左下の写真を見て分かるとおり、もうボウボウに成長しています。手でサラっと触ると特有の良い香りがします。なぜこれほどローズマリーが多いのか分かりませんが、港町神戸ですから、その昔、洋食の香味野菜として栽培したのが増えたのかも知れませんね。ローズマリーは大正館の裏庭にもあります。神戸のローズマリーを見ると大正館を思い出します。まだ小松島の思い出から離れられない編集子です。【アレックス】
   神戸通信   平成22年8月21日      航路標識測定船「つしま」が神戸港に入港しました
   つしまは、海上保安庁交通部に所属する船で「航路標識」を測定する船です。航路標識とは、灯台や灯浮標に代表される「光波標識」やカーナビにも使われているGPSに代表される「電波標識」から成り、つしまは、これらの標識が正確に光や電波を発しているか測定する船です。今回は神戸港で行われている神戸プラージュというイベント協力のため入港しました。

神戸港に停泊中の LL01つしま

灯台の光を測定する装置です

ロランやGPSの電波を測定する装置です
   GPSに代表される電波標識がなかった時代、船は星の動きを計測し(天文航法)灯台や沿岸の地形をたよりに(地文航法)航海していました。ですから天気が悪く星や地形が見えないときは、船が走った方向と距離をもとに自船の位置を決めていました(推測航法)。しかしその推測位置は正確ではなく、海潮流の影響も受け、時には推測した位置から大きく外れた位置を走っているともあり、運が悪ければ座礁したり陸にたどり着くことができず海難を起こすことも珍しくありませんでした。

操舵室です

マストにはレーダーや多数のアンテナが

上部船橋から見た前部甲板です
   こういった海難をなくすため、天気に影響されない電波の灯台が考え出されました。最初は灯台から電波を出して、その方位を測定するというものでした。複数の電波を受信すれば、それぞれの方位の交点が自船の位置になります。その後、デッカ、ロランA、ロランCといった電波の位相差やパルスの到着時間差を測定して自船の位置を測定する方法が考えだされました。そして究極の電波測位システムとしてオメガ(システム)が誕生しました。
   オメガは、地球上数か所のアンテナから決められた電波を発し、船は複数の電波を受信することにより地球上どこでも自船の位置が分かるようになり、究極のシステムであることからオメガ(Ω)という名前が付与されました。日本ではこのアンテナが対馬にあったことから「つしま」という船名が付けられたのです。オメガは海域によって固有の誤差が生じるため、正確な位置を求めるには正確な補正値が必要でした。つしまはその補正値を得るため遠くハワイ周辺まで進出してオメガの電波を測定しました。

今は珍しいキセル型ベンチレーター

海上保安庁のシンボル「コンパス」

つしまから見た神戸
   しかし究極のシステムといわれたオメガにも終焉の時がきます。衛星の誕生です。GPSは衛星から出される電波を受信することによってオメガ同様地球上どこでも自分の位置が分かります。しかもその誤差は格段に小さくなり、現在ではカーナビにも使えるほど高精度になりました。既に日本中の光波標識も整備が終わり、つしまが測定しなければならない航路標識はもうわずかになってきました。このため航路標識測定船もあとしばらくで終焉の時を迎えることでしょう。東京の船の科学館には南極に行った巡視船そうやが保存係留され中を見ることができます。つしまもどちらかで保存され、一般公開されるといいですね。【アレックス】
   神戸通信   平成22年8月8日      掲載を開始しました
   大正館ウェブサイトをご覧の皆さま、盛夏の折、お変わりありませんか。後ろ髪を引かれる思いで小松島を離れて1週間、やっと身の回りの整理がついたところです。小松島では車さえあれば、大きなスーパーやホームセンターがありましたので、必要なものはすぐに手に入って便利でしたが、ここ神戸では、まず駐車場を探したりしなければならず、とりあえずの生活を整えるのに苦労しました。それでも東急ハンズや、今話題のIKEAもあり、ショッピングが楽しめるのはいいですね。
  昨日は神戸港で花火がありました。編集子は混んだ場所がきらいですので港には行きませんでしたが、ベランダから見てみると時折大きな花火が上がり、その上半分ほどが見えましたので写真に撮ってみました。左のタワーはNHK神戸支局のもの、花火は2つのマンションの間に見えます。マンションでは花火を見ながら一杯やっている人も多かったのではないでしょうか。
  神戸でも折々の話題を掲載しますので、小松島通信同様ご覧頂ければ幸いです。【編集子・アレックス】
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