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平成24年5月3日(霞が関の鯉のぼり) 平成24年5月11日(海上保安の日) 平成24年5月12日(鬼子母神) 平成24年5月19日(西武電機E11)
平成24年4月22日(東京駅) 平成24年4月24日(汐留〜東京) 平成24年4月28日(江戸にある阿波) 平成24年5月1日(日本橋)
平成24年4月7日(東京は桜が) 平成24年4月8日(ヤシ酒) 平成24年4月10日(霞が関の桜) 平成24年4月15日(エアポート成田)
平成24年3月18日(電車の給電) 平成24年3月20日(塩谷埼灯台) 平成24年3月28日(TOKUBUS) 平成24年4月1日(観音埼灯台)
平成24年2月29日(また雪) 平成24年3月2日(遅延) 平成24年3月5日(大手町駅) 平成24年3月12日(第三軌条)
平成24年2月5日(島さん上京) 平成24年2月7日(自動販売機) 平成24年2月11日(自動販売機2) 平成24年2月26日(富士山)
平成24年1月21日(寒い寒い) 平成24年1月24日(寒い寒い2) 平成24年1月28日(インフルエンザ) 平成24年1月31日(エクササイズ)
   お江戸通信   平成24年5月19日      西武電機E11
 西武鉄道は、武蔵野軽便鉄道(現池袋線)、西武鉄道(現新宿線)などが合併してできた鉄道会社。今年は武蔵野軽便鉄道が設立されてから100年を迎えます。今回、旧保谷車両基地で、西武の電気機関車E11形の修復披露イベントが開催されましたので行ってきました。会場は、たくさんの老若男女(+おたく)で賑わっていました。
保谷駅に掲げられた100周年のバナー
左はSL5号蒸気機関車でしょうか
右は最新型の30000系、笑顔がチャーミング
保谷車両基地に行く途中の踏切で撮影
左は留置線、中央が池袋線、右が車両基地です
古風なダルマ転轍機がシビレます
9000系が停まっています
こちらは電気転轍機
右端に、架線を点検する車両が見えてきました
これがE11形、凸型電機です
たくさんの人が並んでます
並んでいる途中に展示されていた標識
徐行予告・徐行・徐行解除・速度制限
こちらは出口
あと少しです、ワクワクしますね

【E11形電気機関車】
 池袋〜所沢間の電化に合わせて、1923年にアメリカのウェスティングハウス社製「E11形電気機関車」を3両輸入した。当初、デキカ10形として武蔵野鉄道の礎を築き、1945年の旧西武鉄道との合併により11形に形式変更した。1961年にはE11形に形式変更し、主に池袋線で使用された他、晩年には多摩川線でも使用された。
 E11は1973年に廃車となったが、1975年より保谷構内にて静態保存されている。
 今回のイベントに際し、修復を施し当時の塗色を再現した。参考文献:後藤文男「西武の赤い電機」交友社(2001)
【旧保谷車両管理所】
 1922年11月に木造車庫を新築し開設した。その後増改築が行われたが、2000年3月に武蔵丘車両管理所(現武蔵丘車両基地)開設に伴い保谷車両管理所を廃止し、保谷電留線とした。現在は施設の撤去が進められている。
※ 以上、E11形電気機関車前に掲示されていた解説書を引用しました。(一部改変)
※ 展示されているE11は、E11型E12機関車です。E11型E11機関車は越後交通に貸し出され、そのまま西武鉄道に戻ることなく廃車され、現存していません。
※ 紛らわしさを除くため、本ページではE11という表記で統一(一部改変部)しています。

 総合検測車「Dr. Multi」の中も見せてもらいました。この車両は線路や架線が正常な状態であるか検査測量を行う車両なので、夜中しか動いているところを見ることができません。外国製の車両(どこの国製か分かりませんが)は、窓の形や内装、それに運転席や機器の形が、いかにも「外国製」という雰囲気があります。
 SL5号蒸気機関車もE11形電気機関車も、輸入された当時はとてもオシャレ(洋風)な雰囲気を振り撒いていたことでしょう。
 当日は、この他にもいろいろな展示や鉄道グッズの販売などが行われていました。

西武鉄道の変遷 SL5号機は修理が行われるようです 修理が終わったら見に来たいですね
 アレックスは現在、都営地下鉄大江戸線・練馬春日町が最寄り駅ですが、昔はひばりケ丘駅が最寄り駅でした。今では珍しくない「が丘」ですが、当時はモダンな駅名だったようです。今の「○○ヒルズ」みたいなもんですかね。
 「赤い電機」は、もう数年前に買ったものです。これを見ているとあっという間に時間が過ぎてしまいます。鉄道って楽しいですね。【アレックス】
アレックスが幼少の頃のひばりケ丘駅
懐かしい!
後藤文男著「西武の赤い電機」
「西武最初の電機デキカ10形」のページ
   お江戸通信   平成24年5月12日      鬼子母神
 週末はなるべく2万歩を歩くことにしています。今日の予定は大江戸線中井駅で降り、目白辺りを経由して池袋まで。途中、鬼子母神に寄ってみましょう。

中井駅は西武新宿線と接続しています
特急「小江戸」が通過します
小江戸は川越の別名、江戸情緒が残る街
小江戸は西武新宿から川越に行く特急です
これは都電の線路です
東京を網のように走っていた都電も今は荒川線のみ
新宿区・早稲田から荒川区・三ノ輪橋まで走ります
30停車場29区間を約1時間で走ります
運賃は一区間でも全線乗っても160円
途中下車するなら400円の一日乗車券がお勧めです
都電は貸し切りができるんですよ
会合やコンサートもできますが飲食は不可です

 鬼子母神は千人の子供を持つ母親ですが、その性格は凶暴で近隣の幼児をさらって食べていました。お釈迦様はその過ちを諭すため、鬼子母神が一番かわいがっていた末っ子を隠します。嘆き悲しむ鬼子母神にお釈迦様はこう言いました。
 「千人の子供の一人を失っただけでその悲しみはこのように大きい。他人の子供をさらって食したらその子供の父母の悲しみはいかようか。」鬼子母神は今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、安産・子育ての神として崇められています。

 鬼子母神は都電・鬼子母神前停留所が最寄駅です。停留所名は「きしぼじん」ですが、鬼子母神が祀られている法命寺のサイトでは「きしもじん」と記されています。「きしもしん」と呼ばれることもあるようです。
 法命寺の境内で「おせん団子」を食すことができます。鬼子母神が千人の子供がいたことにあやかって名づけられたそうです。せっかくですから食べていきましょう。木陰はひんやりして、そよ風が気持ちいいです。

 法命寺は安土桃山時代の天正6年(1578年)に、この地に村の人々がお堂を建てたのが起源です。現在のお堂は寛永4年(1664年)に建立され、昭和時代に解体復元の大修理が行われ現在に至っています。
 都会のジャングルと言われますが、東京には所どころに江戸情緒が残っています。週末の散歩はそんな江戸を感じることができる場所を訪れていきたいですね。それでは次回の散歩までごきげんよう。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年5月11日      海上保安の日
 海上保安庁は昭和32年に発足した沿岸警備組織、英語の組織名はJapan Coast Guard(訳すと日本沿岸警備隊)です。同年5月12日に初代長官、大久保氏が庁舎の屋上に庁旗を掲揚したのを記念して、この日を海上保安の日と定めています。
 今日は海上保安の日の前日ですが、霞が関にある海上保安庁(本庁)で記念式典が開催されました。広い会場でしたが大勢の招待者で立錐の余地もないくらい。そこを紺色の制服(第一種制服)を着た職員の方々がアテンドしていました。
 その中で、運用管制官の徽章を付けている方がいましたので写真を撮らせてもらいました。金色の羽の中央にレーダースコープを表す銀色の円。その中に船を安全に導く松明(たいまつ)を掲げた人魚が描かれています。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年5月3日      霞が関の鯉のぼり
 皆さんは連休をいかがお過ごしですか。1、2日を休んで9連休の方もいらっしゃるかと思います。アレックスはカレンダーどおり、1、2日は出勤しました。
 写真は、霞が関の合同庁舎2号館の鯉のぼり。季節を感じさせますね。その向こうはニュースによく登場する東京地方・高等裁判所です。
 そうそう、5月に入って大正館ウェブサイトの訪問者がやっと千人を超えました。ご覧になってくれた方々に感謝申し上げます。
 大正館が早く再開し、大正館と、このサイトへの訪問者が鯉のぼりのようにアップしてくれるといいですね。皆様、良い連休を。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年5月1日      日本橋
 汐留から東京まで歩きましたが、まだ2千歩まで届きません。健康のため2千歩以上歩きたいと思っているのです。少し足を延ばして日本橋まで行ってみましょう。
      
 「お江戸日本橋七つ立ち♪」という歌は、明治5年頃に流行った歌で、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」でもその一節が使われています。7本の国道の起点となっていて道路原標が設置されています。最初の橋は、慶長8年、徳川家康によって建設され、その後幾度となく焼失しました。現在の橋は19代目、明治44年に建てられたものです。
          
    国道       終点  
1号線 大阪
4号線 青森
6号線 仙台
14号線 千葉
15号線 横浜
17号線 新潟
20号線 塩尻
 日本橋には私が子供の頃から好きだったものがあります。日本橋三越のエレベーターです。ガラス扉なのでエレベーターシャフトの中が見えるのです。しかも内側の扉は真鍮のバー。いつもピカピカに磨かれています。今では到着階はランプで示されますが、昔や金属製の針がメーターのように回転していました。子供心にときめいたものです。

美しい真鍮製のバー
(エレベーターの内扉)
エレベーターの写真は許可を取って撮影しました
        
 さて、歩数計の数字は2,000を超えました。周りも真っ暗になりましたので家に帰りましょうか。あと少し、歩いて神田駅からJRで帰ることにしましょう。夜の冷気が心地よいです。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年4月28日      江戸にある阿波
 お江戸通信は前々回から、汐留から東京に至る路(みち)を紹介しています。今回はその途中で出会った「徳島」の紹介。
      
 汐留からJR山手線に沿って北上すると、高速道路の下にコリドー街という飲食店街がありますが、その対面のビルの2階に、徳島ファンなら思わず目が行ってしまう看板があります。「阿波おどりやってます」、お店の名前もズバリ「阿波おどり」。有名連が毎晩2回、店内を練り歩くそうです。メニューを見ますと、メインはやはり阿波尾鶏。その他、竹ちくわや鳴門金時スティックもありますね。まだ時間が早くて入れませんでしたが、次回是非行ってみたいと思います。そうそう「元気はつらつオロナミンCサワー」(*1)というのもありましたのでトライしてみたいですね。でも「元気はつらつ」と言っても、飲み過ぎには要注意です。
(*1)オロナミンCやポカリスエットを製造している大塚製薬は徳島県の企業です。鳴門には大塚美術館もあり、必見です!
      
 「有楽町で逢いましょう♪」という歌詞を覚えてらっしゃる方はもう年配の方ですね。有楽町駅の横には東京交通会館があります。パスポートを申請しに行った人も多いかと思います。このビルには全国のアンテナショップが入っていて、徳島県からも出店しています(香川県と協賛)。前出の竹ちくわにスダチジュースとか。香川県からは醤油やオリーブ、それにうどんが出品されています。いろいろ欲しいものはありましたが、今回は懐かしいハレルヤ製菓の金長饅頭(*2)に、谷ちくわ商店のかつ天(*3)を買うことにしました。金長饅頭は写真を撮る前に食べてしまって悔やんでいるところです。【アレックス】
(*2)金長饅頭は徳島を代表する銘菓。金長狸(小松島散策第一話をお読みください)にちなんだ、狸のように茶色をしたお饅頭です。
(*3)谷ちくわ商店は、大正館がある小松島市内に昔からあるお店です。写真の「かつ天」は、小松島名産、フィッシュカツの商品名です。
   お江戸通信   平成24年4月24日      汐留〜東京
 前回のお江戸通信では東京駅・丸の内駅舎(工事中)を紹介しました。健康のため汐留から歩いていった訳ですが、汐留には旧新橋停車場があります。日本で最初に鉄道が開通したのは明治5年(1872年)。ここ(現在の汐留・・・現在の新橋駅にもほど近い)から横浜まで線路が敷設されました。現在の建物は、当時の写真や発掘測量結果に基づき、当時と同じ位置に、できるだけ忠実に再現したものです。中には資料館があって、出土品などを見ることができます。
      
 新橋停車場はその後、大正3年(1914年)に東京駅に機能を移し、当時の烏森(からすもり)駅が新橋駅となり、新橋停車場は貨物専用の汐留駅となりました。しかしながら大正12年(1923年)に発生した関東大震災で駅舎は焼失。残ったプラットホームなどの遺構も再開発に伴って解体されました。下の写真は、大阪・交通科学博物館に展示されている開業当時の新橋停車場の模型と0哩標識のレプリカです。停車場の様子がよく分かりますね。
      
 新橋から横浜までの29キロを53分、開業時には一日に9往復が運行されていたそうです。当時欧米では標準軌(1,435mm)が使用されていました。日本の鉄道はイギリス人技師によって建設されましたが、日本では建設当初から狭軌(1,067mm)が採用されました。これは当時の日本の財政事情によるもので仕方のないことだったかもしれませんが、安定性、乗り心地は標準軌に劣ります。最初に採用された狭い軌間が現在まで影響を及ぼしているのです、残念ですね。
      
 もう亡くなった私の祖母は明治生まれでした。その祖母の葬儀の折、参列されていた祖母の親類のおばあさんが葬儀の後、「ステイションはどちらかしら」と言っているのが耳に入りました。きっと子供の頃から駅のことを「ステイション」と呼んでいたんでしょう。品の良いおばあさんから発せられたステイションという単語に、ほんのり明治の息吹が感じられました。洋式灯台に鉄道(陸蒸気)の建設、ガス灯に電信(針金便り)の普及。日本が一番輝いていた時期かもしれません。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年4月22日      東京駅
 パソコンが壊れてしまいました。内蔵ハードディスクが壊れてしまったようです。このパソコン、使い始めてまだ4年ですが、ハードディスクの交換はもう2回目です。
 ハードディスクを買ってきて、リストアは30分ほどで終わりましたが、ウィンドウズのアップデートに数時間、アプリケーションソフトのインストールやデータの復旧にさらに数時間。仕事から帰ってからの作業でしたので、今週は殆どこの作業に費やされました。
 以前、痛い目に遭ったことがあるものですから、データをこまめに保存しておいてよかったです。大正館サイトのデータも無事で、このように更新することができました。

 とうことでアップロードが遅くなりました、先週の話です、東京駅に行ってきました。健康のため、できれば週末には2万歩を歩こうと思っておりまして、汐留から東京(さらに日本橋)まで歩いてみたのです。
 現在、東京駅丸の内駅舎は復元工事中です。東京駅は大正3年に建設されましたが戦災で大部分が焼失、元々3階建てだった駅舎を2階建てに縮小したまま60年以上使用されてきました。
      
 復元工事は、建設当初の姿に復元するとともに、耐震化を行い、地震にも強い駅として復元されます。最近、駅舎を覆っていたシートが取り除かれ、その姿が見えるようになってきました。
 駅舎の反対側には丸ビル(丸の内ビルヂング)と新丸ビルがあり、丸ビルの5階テラスから駅舎を眺めることができます。このビルにはたくさんのお店も入っていますので、ショッピングを兼ねて行かれてみるといいですよ。
      

 左の写真は、大阪・交通科学博物館に展示されている開業当時の東京駅の絵葉書です。まさに昔の姿に戻りつつありますね。完成したらまた見に行きたいと思います。
 テレビではスカーツリーの話題でもちきりですが、私は丸の内駅舎復元のほうが興味あります、大正ロマンですね。これからも大正館と大正館サイトをよろしくお願いします。【(スカイツリーよりも東京タワーが好き)アレックス 】
   お江戸通信   平成24年4月15日      快速エアポート成田
 成田空港に行ってきました。空港にはリムジンバス、JR線、京成線で行けますが、今回は東京駅からJR線で行くことにしました。JR線で行く場合、特急成田エクスプレス(NEX)で行くのが一般的ですが、今日は少々時間もありますので、快速エアポート成田で行くことにしました。
 特急に比べれば快速は時間がかかりますが、特急料金が要りません。で、少し奮発してグリーン車に乗りました。東京から成田空港までのグリーン券は950円なのですが、車内で買うと250円高いので駅で買っておきます。券売機でSuicaにグリーン券情報を記録しておくと便利です。
 右の写真はグリーン車の天井に設置されているセンサーです。グリーン券情報が記録されているSuicaをこのセンサーにタッチするとランプが赤から緑に変わり認識されます。右のセンサーにもSuica(JR系カード)のマークしか記載されていませんが、PASMO(私鉄系カード)も使えます。
東京駅構内で エアポートライナーはこの車両で運行されています Suica(左)とPASMO(右)
 グリーン車は2階建てなので、景色を楽しみたい人は2階、睡眠を取りたい人とか、私のように線路を見たい人は1階に座るといいですね。錦糸町では左側にスカイツリーを見ることができます。
  所要時間 運 賃 特急料金
グリーン料金
合計金額 備 考
特急 成田エクスプレス
(グリーン車)
約1時間
最短53分
1,280円 3,150円 4,430円 特急列車
全車座席指定
特急 成田エクスプレス 1,660円 2,940円
快速 エアポート成田
(グリーン車)
約1時間半 1,280円 950円 2,230円 グリーン車ですが自由席
グリーン券を車内で購入すると+250円
休日のグリーン料金は-200円
快速 エアポート成田 0円 1,280円 自由席
 でもこのグリーン車、座席指定ではありませんので混雑している列車に乗ると座れない可能性もあります。また休日と平日、事前購入と車内購入で値段が異なるので利用には注意が必要です。今回は2,230円でしたので成田エクスプレスより700円ほど安かったです。お菓子と飲み物を買ってもお釣りがきますね。あなたはどれで成田空港まで行きますか?【アレックス】
   お江戸通信   平成24年4月10日      霞が関の桜
 日本中、桜が咲いています。ここ霞が関もたくさんの桜が咲いています。今日は天気もいいですし、昼休みはカメラを持って外に出てみましょうか。暖かくて上着がなくても大丈夫です。まずはお堀の方に歩いてみましょう。
三宅坂から半蔵門を眺めます 同じく三宅坂から桜田門を眺めたところ 桜田門は高麗門(外)と渡櫓門(内)から成ます

 三宅坂の角にある建物は国土交通省が入る中央合同庁舎第3号館。昭和41年に建ったものですから、もう46歳の古いビルです。この中に海上保安庁(本庁というのは通称)も入っています。昭和48年にこの建物を増設して入居しました。
3号館の北側、国会議事堂側です こちらは正門、警備が厳しいですね こちらは西側、通用門があります

 海上保安庁が入る3号館の西側には、道を挟んで外務省があります。外務省は桜田通り沿いの外務省敷地内に桜並木があります。外務省には外国からたくさんのお客様が来ます。この季節に来られた方はラッキーですね。
日本橋を起点とする国道1号線 外務省敷地内の桜並木
陸奥宗光の銅像が立つ外務省 国会前の桜はあまりありません オープンリッドの観光バス、良い季節です
 満開の桜、風で花弁(はなびら)が舞ってきれいです。花弁が落ちると新緑の葉が見えてきます。東京は明日から雨。今日が桜の花の美しさのピークでしょう。雨があがれば気温もどんどん上がっていきます。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年4月8日      ヤシ酒
 同僚の机の上にかわいいボトルが置いてあるのを見つけました。ランバノグ。ええ、この名前は覚えています。これはフィリピン産のヤシ酒です。ヤシの実から造られる強い酒です。彼か彼の同僚がフィリピンに行って買ってきたのでしょう。彼は飲まないというので貰ってしまいました。このお酒は味は良いのですが、飲んだ翌日の状態は最悪。だから金曜日の夜にフィリピンでの思い出に浸りながら飲むことにしましょう。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年4月7日      東京は桜が咲いてきました
 やっと暖かくなってきましたね。皇居のお堀端も緑色に。お昼に公園でお弁当を食べる人や、お堀の周りを散歩する人が多くなってきました。昼は机で昼寝してるアレックスですが、来週からはカメラを持って散歩に出てみましょう。【アレックス】

寒ーい雨の国会議事堂 寒いけど雪が積って明るい国会議事堂 桜が咲き暖かくなってきた国会議事堂
   お江戸通信   平成24年4月1日      観音埼灯台
 観音埼灯台に行ってきました。観音埼灯台は明治2年(1969年)2月11日に初点した日本で最初の洋式灯台です。石碑には明治巳己年正月元旦と書いてあります。巳は十二支で「み」、己は十支で「つちのと」、2月11日は旧暦で元旦でした。
   
 上のセピア色の写真は初代の観音埼灯台です。今の白亜の灯台(コンクリート造り)もきれいですが、昔の灯台は風情がありますね。現在の灯台は電灯ですし、消灯したときのために遠隔監視されているので無人です。昔はアセチレンガスが使用され常に人が付いていないといけなかったため、灯台のそばには官舎があり、家族とともにそこで勤務していました。映画「喜びも悲しみの幾年月」をご覧になれば分かりますが、昔の灯台は人里から離れたところが多く、とても不便な生活を強いられていました。
 現在の観音埼灯台は無人ですが、昼間は一般に公開され、資料館で灯台の仕組みを勉強することもできますし、塔の中を登ってまわりの景色を楽しむこともできます。灯台の近くには別の白い塔が建っていて、レーダーが回っています。
      
 この塔は東京湾海上交通センターのレーダー塔。観音埼灯台と同じく海上保安庁が管理しています。両方とも航路標識という施設で、観音埼灯台は光の灯台、東京湾海上交通センターは電波の灯台です。レーダーで東京湾を航行する船舶を監視して、衝突を防止するための情報を提供しています。東京湾海上交通センターの管制室は見ることができませんが、一階には資料室があって、見学することができます。
   
 昭和の30年以降、日本の高度成長に伴い東京湾の船舶交通は輻輳の度合いを増し、事故も多発しました。昭和49年にはナフサ(粗製ガソリン)等を積載したタンカーと鋼材運搬船が衝突し、タンカーが爆発炎上するという事故が発生。一瞬にして火に包まれた鋼材運搬船は乗組員29名のうち28名が死亡、タンカー側も33名中5名が死亡。長期に亘り炎上を続けたタンカーは鎮火の見込みなく、東京湾外に引き出され、海上自衛隊の爆撃によって沈没させられました。
      
 東京湾海上交通センターは、その事故を教訓として、昭和52年に業務を開始しました。現在、日本では東京湾を含め全国7か所の海上交通センターが、24時間体制で航行船舶の安全を確保しています。
 今回、管制室は見ることができませんでしたので、資料室にあったパンフレットの写真を掲載します。灯台記念日である11月1日当日あるいは前後の日に一般公開が行われますので、見学したい人は海上保安庁のサイトでチェックすると良いでしょう。この季節には東京湾海上交通センターを含め、全国で航路標識の一般公開が行われますよ。
海上交通安全法に基づく航路(紫色の帯)
北側(上側)が中の瀬航路
南側(下側)が浦賀水道航路
運用管制室はこんなところ
運用管制官が24時間航路とその周辺を監視しています
コールサインは「トーキョーマーチス」
東京湾は道路、畑、公園が一緒くたになった海域
大型船が通り、漁船が操業し
プレジャーボートも同じ海域を利用しています
 海上交通センターの運用管制官は全員が海上保安官であるだけではなく、国際条約(*)に基づいた研修を受け、資格認定を受験して合格しなければなりません。左の写真は、その資格認定を受けた者たけが着用を許される徽章、鳶(とび)の羽の中央の銀色の枠はレーダーを表し、その中に船を導く人魚が描かれています。徽章の着用は本年の4月1日からで、左の写真はできたてホヤホヤの徽章の写真です。【アレックス】
(*) SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約) タイタニック海難事故を契機として、船舶の構造や救命設備、通信の方法などを規定した条約、日本もこの条約を批准しており、海上交通センターは同条約の第5条にVTS(Vessel Traffic Service)として規定されています。
   お江戸通信   平成24年3月28日      TOKUBUS
 最近はパソコンでの作業ばかりで目が疲れます。アレックスはもう歳ですから、夕方になると字が、特に近くのものが見えにくくなります。そこで時々遠くを見つめるようにしています。
 今日、例によって外を見ていると、なんか懐かしいデザインのバスが赤信号で停まっていました。青の渦潮に赤でTOKUBUS。徳島バスです。こんなところで徳島バスに会えるとは。
 高速バスはこの時間走っていませんから貸切でしょうか。国会の周辺を走っていますからもしかして国会見学でしょうか。徳島選出の議員の招待かも知れませんね。
 そんなこんなを考えながら、小松島で暮らしていた頃を懐かしく思い出しました。
 さて、仕事にとり掛かりましょう。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年3月20日      塩谷埼灯台復旧
 アレックスは仕事の関係で海上保安新聞を読んでいます。これは、海上保安庁が出しているものではなく、海上保安協会というところが出している新聞です。
 徳島海上保安部が入っている庁舎には、海上保安協会徳島支部が入っていますので、新聞購読の申し込みや、海上保安グッズの購入ができますよ。
 今回の海上保安新聞一面に、とても幻想的な写真が掲載されていました。ニュースは、先の東日本大震災で大きな損傷を受けた塩谷埼灯台が復旧した、というものです。
 灯台の光芒。その光で輝く静かな海面。とても幻想的な写真です。夜空にはたくさんの星も写っていて、それらは点ではなく円弧状をしており、写真が長時間露光で撮られたことが分かります。
 撮影者の氏名も記載されていて、米田堅持さんと書かれています。この方、本職は毎日新聞の記者さんで、乗り物の写真には定評があり、海保の船艇や航空機も多数撮られています。
 米田さんの写真をもっと見たい方は毎日新聞のホームページ、毎日jpの乗りMaiをご覧ください。アレックスも米田さんのような写真が撮りたいものです。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年3月18日      電車の給電
 前回のお江戸通信では地下鉄丸ノ内線の第三軌条を紹介しました。その昔、建設費用の問題からトンネルの断面積を小さくしなければならなかったからです。それ以降の地下鉄は、地上を走る電車と同じ仕組みになりましたが、2000年に開通した大江戸線は大深度を掘り進めるため、再び断面積を小さくしなければなりませんでした。
 右の写真は大江戸線のトンネル。駅付近では四角の断面ですが、それ以外のほとんどの区間は円形です。イギリスの地下鉄はチューブという愛称を持っていますが、カーブや起伏の激しい円形トンネルの大江戸線も、チューブと呼んでいいと思います。
 大江戸線のトンネルは円形で、しかも断面積が小さいため、そこを走る電車も小振り、車内に入るとその小ささを実感します。左の写真、車体の側面上部が内側に傾斜し、天井側面が丸みを帯びた形状をしているのが分かります。
 パンタグラフは小型で、半分天井に埋まっているように見えます。架線は、切断事故を防止するため、レールのような支えに固定されています。これは剛体架線と呼ばれ、大江戸線のみならず、地下鉄では一般的に使用されているものです。
 大江戸線は大深度を走っており、トンネル断面の形状が円形であるため、地震に強いと言われています。頼みの綱の地下鉄です。【アレックス】

西武鉄道のシングルアームパンタグラフ架線
ノビノビと上に伸びていますね
都営地下鉄大江戸線のパンタグラフ剛体架線
小さなパンタグラフが小さく折り畳まれています
東京メトロ丸ノ内線の集電靴第三軌条
人が線路に立ち入ると感電する恐れがあります
   お江戸通信   平成24年3月12日      第三軌条
 前回のお江戸通信で紹介した大手町駅は地下鉄丸ノ内の駅です。丸ノ内線(銀座線も)には電車に電気を供給する架線がありません。もちろんパンタグラフもありません。小松島を走っている牟岐線にも架線はありませんが、これはディーゼルカーだから電気が必要ないからです。丸ノ内線の電車はどうやって走っているのでしょう。
 線路の横を見てみると普通の鉄道では見られないレールがもう一本、地面の上に碍子(がいし:電気を遮る瀬戸物)を介して設置されています。これが第三軌条、直流600ボルトが供給されています。これを台車に設置された集電靴(しゅうでんか:パンタグラフの役割をする金属製の板、英語でもコレクターシュー)で集電します。
 その昔、地下鉄を建設する際、費用を抑えるためできるだけトンネルの断面を小さくする必要がありました。このため架線ではなく第三軌条方式が採用されたのです。第三軌条の端部は下方に湾曲しており、集電靴がうまく乗り上げるようになっています。電車がこの部分にさしかかると、特有のカタンカタンという音を聴くことができます。
 第三軌条や台車は撮影しましたが、全体を撮影するのを忘れていました。右下の写真は別の日に撮った地下鉄丸ノ内線、電車が後楽園駅から出発ているところです。この部分では高架になっていて、後楽園駅はビルの中に設置されています。第三軌条は昔の方式ですが、現在の車両は空気バネや冷房も設置されていて快適ですよ。【アレックス】
      
   お江戸通信   平成24年3月5日      大手町駅
 用事があって大手町で下車しました。地下鉄丸ノ内線、東京の次の駅です。この駅は「サンケイ前」という別名が付いています。現在は産経新聞という名前になっていますが、以前はサンケイ新聞、最初は産業経済新聞だったそうです。ここは懐かしい駅です。もうこの世を去った父がサンケイ新聞に勤めていたので何回か遊びに来たことがあります。その昔、丸ノ内線を建設するときに、サンケイ新聞が大手町駅を建設するのに協力したので、それ以来、車内でも「次は大手町、サンケイ前です。」とアナウンスされている、と父が話していたのを覚えています。本当ですかね。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年3月2日      遅延
 昨日は光が丘駅で車両故障があり、大江戸線が止ってしまいました。しばらくして復旧しましたが(どこが故障か知りませんが)どうやって直したのでしょうね。現場で直してしまうのですから凄いです。右の写真は六本木駅でくれた遅延証明書です。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年2月29日      また雪
 もう2月も末日なのに雪です。東京では数センチ積っただけでおおごとです。皇居は雪にけむり、お堀端は幽玄な景色になります。右は西武線の電車の屋根に積った雪。黄色い車体とマッチしていますね。赤信号もきれい。明日は暖かくなるそうです。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年2月26日      富士山
 富士山の上を飛びました
 羽田から北九州への航路。操縦席から、左手に富士山が見えます、とアナウンスがあったので見たのですが、富士山ありません。よく見ると富士山は殆ど飛行機の真下。あまりに近くに見えたので思わずあっと声を出してしまいました。
 今年は降雪が遅かった富士山ですが、綺麗に雪が積もっています。富士山の噴火口を肉眼で見るのは初めてでしたのでとても感動しました。富士山は横から見ても上から見ても美しいです。
 CAさんも前列の空いている席から富士山を眺めています。コーヒーを持ってきてくれたときに、富士山が見れてラッキーでしたねえ、と声を掛けてくれました。出張の途中ですが、こんなひとときがあってもいいですよね。
 さあ着陸したら仕事仕事。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年2月11日      自動販売機 2
 バナナ、ですよね。ええ、確かにバナナの自動販売機です。場所は日本の中心、東京駅。1本130円、1房390円です。Doleが出しているバナナですから味は間違いがないのでしょう。バナナを傷つけないように、取り出し口までベルトコンベアで送り出すんだそうです。よく見ると空の棚もあり、空でない棚も奥の方は空、売れ行きは良いようです。昼食後やおやつに、ちょっと果物が欲しいな、というビジネスマンにとってバナナの自販機は便利ですね。私も買ってみたくなりました。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年2月7日      自動販売機
 日本は世界でも有数の自販機大国なんだそうですね。どこに行ってもたいていは飲み物の自販機がありますので、特に夏の暑い日には助かります。水分を切らすといけませんからね。ある日、とある駅構内を歩いていると、自販機のような機械の液晶画面に広告が映っています。最近は電車内でも液晶が主流になりつつあります。しばらく見ていると左の画面に。広告もやってしまう自動販売機だったんですね。これなら複数の広告も掲載できますし、商品を替えても表示を替えるのが楽ですね。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年2月5日      島さん上京
 島さんは大正館を守る会の会長です。最近はNPO市民未来共社の仕事が忙しくなり、大正館はしばらくお休みしております。そんな中、ファンドレイザーの資格を取得するための研修を受けに島さんが東京へ来たため会うことに。研修場所は表参道駅の近く、国際連合大学ビルです。
 午後5時過ぎ、ビルのロビーで島さんと会うことができました。徳島から島さんの他4名。その中には小松島散策第二十二話で紹介しているゼロウェイストアカデミーの藤井事務局長の顔もありました。
 その後、島さんと渋谷駅近くののんべい横町へ。まるで昭和の時代にタイムスリップしたような場所でした。昔、島さんはこの近くで仕事をしていたことがあり(飲食店ではありませんよ)ここいらは詳しいんだそうです。徳島の思い出話に花が咲きました。【アレックス】
      
   お江戸通信   平成24年1月31日      エクササイズ
 東京での移動は地下鉄が一番便利です。網のように張り巡らされた路線は、何回か乗り換えればほぼどこにでも行くことができます。雨が降っているときでも寒いときでも、それをしのいで移動することができます。
 それだけたくさんの地下鉄が走っていますから、新しく建設される路線はどんどん深いところを走ることになります。私は都営大江戸線の六本木駅で東京メトロ日比谷線に乗り換えて出勤しますが、ここは日本で一番深い駅(※)なんです。
 大江戸線内回り六本木駅ホームは海抜-42.3mにあります。エスカレーターはありますが電車が着くと長蛇の列。待つのもいやなものですから歩いて上ることにしています。これが唯一のエクササイズ、大正館裏庭の手入れが懐かしいです。【アレックス】
※ 日本で一番深い駅は青函トンネルの吉岡海底駅ですが、これは見学用の施設です。このため日本で一番深い駅は大江戸線六本木駅ということになっています。
      
   お江戸通信   平成24年1月28日      インフルエンザ
 インフルエンザに罹ってしまいました。身体がとてもだるく、熱もあります。動きたくないのですが、休日もやっている診療所を探してとぼとぼと歩いて行きます。
 「インフルエンザかもしれませんね」 で検査をしたところ陰性だったのですが 「タミフルを処方しますから飲んでください、もし効かなかったらまた来てくださいね」
 朝晩2錠、4錠飲んだところで写真を撮る元気が戻ってきました。体調はすぐに回復したのですが、タミフルを飲み切って出勤しました。
 寒い時期の引っ越しで身体も弱って病気に罹りやすかったのかもしれませんね。みなさんも体調を万全に、風邪なぞひかないようにしてください。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年1月24日      寒い寒い(二)
 初雪に続き初積雪です。同じ「寒い」でも暗い(お江戸通信1月21日)より白いほうが明るくていいですね。昨夜は積雪による交通事故が多発したそうです。今夜は解けた水が凍ってブラックアイスになりますので引き続き事故に注意が必要です。
 前回、秋の入学について書きましたが、アレックス夫人が言うには、、、でもね、真冬の受験は体調を崩して試験を失敗する人も少なくないし、大雪で試験場に行くのも大変なこともあるし、夏に受験すればそういうことはなくなるね、と言います。
 なるほどぉ、いろいろ善し悪しがありそうです。皆様ご自愛を。【アレックス】
   お江戸通信   平成24年1月21日      寒い寒い
 お江戸通信最初の話は、もっときれいな写真で始めたかったのですが、東京は初雪、寒い寒い。今度の職場は昭和41年にできた古い建物なうえ、昨今の省エネですから寒いことぉ。足元、腰から冷えてきますし外が暗いと気も滅入ってきます。
 ニュースに拠れば、東京大学は5年後から秋に入学するようにするそうです。入学して、だんだん日の入りが早くなり寒くなってきます。このパターンは学生の心にどんな影響を与えるのでしょうか。寒い時期の転勤は私の心に確実に影響を与えています。
 お江戸通信をどうぞよろしくお願いします。【アレックス】
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