Last modified at 2002/12/27 17:26
- 片道1時間ちょっとの通勤時間、Palmで青空文庫からダウンロードしてきた小説をよく読んでいます。
- これまでは読みっぱなしだったのですが、そうすると内容をすっかり忘れてしまいます。
- (覚えるために読んでいるのではないので忘れるのは問題ではありません)。
- そして、読んだ時に感銘を受けた、その瞬間をないがしろにして、気安くやりすごしてしまったことの後味の悪さだけが残ります。
- それを避けるために読書記録をつけることにしました。
2003.01
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2002.12
- 舗道(宮本百合子)
- 時は満州事変の直前。とある丸の内OLが赤く左向きになっていく話。
- 文の長さとしては中編にあたるのですが、「著者検挙のため未完」のため、いくつかの物語の布石がどう繋がっていくのかは分かりません。
- 平凡な女性が、当然の成り行きとして、ごく自然に(といっても今から見れば随分不自然な箇所が多々ありますが)赤く染まって、最後には自覚的に染まろうとする。そういう物語を呈示することで、女性どうしでのオルグを促すのを狙って書いたのでしょう。
- ただ、職場での女性冷遇について、「資本主義の世の中そのものが組立て直されなければならない」とするのはあまりにも説得力に欠けます。性差という一見当たり前な差を全面に出して、性差とは無関係なことをも、さも性差のように当然のことと思わせるレトリックに求めるべきです。
- まあ、この話が書かれる2年前まで著者はソ連にいて、共産主義国では女性が当たり前のように働いている、という点に感心していたのですから、資本主義云々と口走ってしまうのも仕方ありません。
- しかし、だからといって宮本百合子の評価が下がるわけはありません。思うに、宮本百合子の白眉なのは、相場の浮き沈みに踊らされて落ちぶれたダメ人間や、自分が時代の変化にとりのこされていることすら気づかないまま愚痴をいうことしかできない無力人間の、その迫真にせまる描写力です。
- 不況でクビになって2年、物余りの不況だというのに、起業して何かをこしらえて一攫千金という夢を吹聴する夫と、家の中でただ「どうしていいのかしら」としか言わない割には「さて、何をしようか」とは毛頭考えない妻。このうらびれよう!
- おしの(芥川龍之介)
- 息子の病気が直らないので、最後の頼みにキリスト教教会に足をいれ、外人の神父とやりとりする話。
- キリスト教嫌いの私としては、胸のすく話でした。
- 鼻(芥川龍之介)
- 珍妙な鼻をした和尚のコンプレックスの話。
- 漱石がどこを絶賛したのかは知りません。が、わたし的には、コンプレックスの、文字通りの複雑さを、逆にとてもシンプルに描き出している点が絶賛ものです。
- 美容整形して幸せになったとテレビカメラに向かって言い張っている女性が、あの芝居がかった強情な笑顔で押し殺している、触れてはならないものと同じものが、和尚と小僧のとぼけた掛け合いで描かれています。
- 午市(宮本百合子)
- 下町育ちの親戚のおっちゃんに連れられて、山の手のお嬢さんお坊ちゃん夫妻が、おっちゃんの地元の吉原でたまたま立っていた市(午市:うまいち)を覗く話。ちなみに「午」は夏至の意味。
- 山の手夫婦はおっちゃんらの酒の席にうんざり。つまらない、酒くさい、かえりたい。この辟易感、下戸の私にはよく分かります。だから親戚付き合いは嫌い。
- 華やかな縁日を通り過ぎ、屋台の途切れたところで、こんどは格子見世がひっそりと列なっています。妻はその異様な空間に困惑します。
- 描かれている情景は、私が同じく驚いた大阪飛田のそれとそっくりです。気味の悪いほど静寂な中、「たくさんの女の顔が、灰色と際立った白とで、くすみ、無表情に、凝っとこちらを眺めている」。
- 妻は、その冷血な無表情を剥ぎ取りたいという衝動を抱くのですが、まあ、それは山の手の奥様の発想で、こういう奥様方が無表情の皮を厚ぼったくしていることには考えが及ばないのでありました。
- 光のない朝(宮本百合子)
- 「人間でないように寂しい、気味悪い生きもの」(すごい表現‥‥)である若い女のエピソード。
- 出産で母子がともに死に、その後妻がとんでもない恐妻で、奴隷のように過ごしていたら、気持ち悪いルックスなってしまいました、という内容。それだけ。
- 葱(芥川龍之介)
- ある喫茶店女給における、芸術と生活の話。
- 女給の背伸びしている姿がとてもほほえましいです。文体もいわゆる読本みたいで笑えます。
- 突堤(宮本百合子)
- 姉17歳、弟15歳、もうひとり弟13歳の3人姉弟が、夏休みにおばあさんのいる田舎で1ヶ月過ごす話。
- どうにも話にまとまりがありません。「実は・・」と後付でいくつも裏事情を挿入したりしていており、どうしても
- (締め切りに追われて途中で筋を変えたのだろう・・)
- としか思えない、そんなちぐはぐな内容でした。
- 加護(宮本百合子)
- 健康も金も幸せも人気もある天理教に熱心な太ったおばさんに、その幼なじみで健康も金も幸せもない孤独な痩せたおばさんが勧誘される話。
- 夫に先立たれ、幼い息子にも先立たれた不幸なおばさんに、幸せな方のおばさんは本気で涙してこの親友をいたわり、心配から三日に一度は訪ねるようになります。ですが、なにぶんあまりに幸せなため、不幸なおばさんの心を逆なでしてしまうこともあります。
- でも、かまってくれるのはこの幸せなおばさんだけ。不幸なおばさんは次第に精神的に弱っていきます。そして、幸せなおばさんに勧められるがまま、天理教に通うようになります。
- さて、そこで神のご加護があるかと思いきや、この不幸なおばさんの身にはまたもや不幸がふりかかります。
- 救いの物語が通用しない時、人はどうするか、というのがテーマの一つのように思えます。その結論は、せいぜい自分がカバーする領域内で精いっぱいやることしかできない、ということです。
- 不幸なおばさんは、幸せなおばさんの底の浅い脳天気な言葉に納得することはありませんでしたが、その真摯な姿勢には癒されました。深い短編です。
- 昔の火事(宮本百合子)
- 土地の高騰に目のくらんだ田舎の土地持ちじじいと、その孫の話。
- 工場に売った農地から遺跡が発掘される。金目のものが出ないかとじじい、無心に発掘調査を手伝う孫。
- これは1940年の話ですが、今の世の中でも、年を重ねてなお底の浅い幼稚な人が意外に多い気がします。金勘定しかできないというのは、端から哀しくみえるだけでなく、まわりのひとも哀しくしてしまいます。
- 疑惑(芥川龍之介)
- 絶望についての話。
- 芥川は愚鈍な女(最初の妻など)を公然と蔑視していますが、そういう著者から見れば、愚鈍な女とつつがなく暮らしている少々優秀な男というのは、妻に限らず、いろんなことに対して正直な心を偽り続けて、ついにはそれが怪物となってしまう、とでも考えたのでしょうか。
- さもありなんと思わせる迫真のお話でした。
- 杉垣(宮本百合子)
- 1939年、もうすぐ太平洋戦争に突入しようとするころの、堅実に生きながらもどこか不安と焦燥感を否定できない若夫婦を描いた短編。
- 満州で一山当てようと勧める歳の離れた兄、なにかうまい儲け話はないかと語り合う旧友たち、変化に順応できずおちぶれる多くの人。先の見えない時勢のなかで、誰もが空回りしている世の中。
- 「瞬間の暈くような激しさで、自分というものが橋桁で、下に急な流れをみおろしてでもいるような、止めどなく洗われている感覚に襲われることがある」。この若夫婦は、狂騒の中で立ち止まっていることもままならず、かといって騒ぎに乗じる質でもない。「臆面もなくえらくなったりするの、私、何だかいやなの、自分たちの姿としてみても」。
- 答えはあるべくもないのですが、とにかく(互いが互いの杖となって支えていこう)という、前向きなお話でした。
- 周囲にすぐ影響をうけて空回りしがちな私にとっては、身につまされるいいお説教でもありました。
- 煙管(芥川龍之介)
- 加賀藩の殿様と、その金無垢きせると、それを欲しがる坊主の小話。
- どうということもない話。登場人物がだれもかれも子供じみている気がしました。
- きりしとほろ上人伝(芥川龍之介)
- 西洋によくある、巨人伝説のひとつを翻案したもの。
- 純朴な巨人(三丈=9m)が桁外れのドタバタを繰り広げるというお決まりの筋です。
- くわえて、何匹ものシジュウカラが巨人の頭を巣にしているという、なんともほほえましい設定があります。
- 子供に化けたキリストによって、祝福のうちに巨人は最期を迎えるのですが、こういう宗教がかった部分は、その感覚がどうもよく分かりません。ただ、説教臭いところがないのは好感が持てます。
- 純朴な巨人がニコニコ死ぬというのは、体温がそこにずっと残ったまま、形だけがフェードアウトしていくような感覚を私にあたえてくれます。巨人は死んだが、冷たくなってはいない。だから、これはたぶんハッピーエンドの話なのでしょう。そう思いました。
- ある男の死(岡本かの子)
- 一駅で読めてしまう短さ。
- 女学校のくそまじめ先生がドジをして、笑ってすませればいいものを、笑うことを知らないくそまじめ先生はそれで自尊心が苛まれ、数年後に神経衰弱で死んだという知らせが届いた、という話。結構いそうだぞ、そういう人、と思う。
- 「四年生頃の十六七を揃へて何処かにヱロチシズムなおもくるしさを交へながらのやんちやは、どうもたまらなく或る、不快と快感をごつちやに、若い男の先生などに与へると見えまして」──名文です。
- 一平氏に(岡本かの子)
- たぶん冷め切っていたころに、一平に宛てた手紙風のエッセイ。
- 畳みかける誘いの言葉が、「決してお気にとまらない」、言っても無駄なのにね、という通奏低音とともに語られています。せつないです。ほんとにせつないです。
- 河童(芥川龍之介)
- ある人が河童の国に迷い込んだ時の顛末を、精神病者が語る話。
- ロードムービーのようで、とくに筋はありません。メモの寄せ集めのような内容です。
- ニヒリズムの物語という点で、ツァラトゥストラをちょっと意識している感じがしました。ただし、ツァラトゥストラが「大地に忠実であれ」と言っているのに対し、こちらは精神病者のたわごと、という設定で、はなから逃避です。
- ですが、虚構の中でこそ正直になれるのもまた事実です。そして、芥川龍之介という人が相当なマッチョマンだということも分かります。
- 或敵打の話(芥川龍之介)
- 武士が何年も敵討ちの旅に出る話。
- よくある題材ですが、これは敵討ちを行う主人公がなんとも平凡かつ魅力のない点で、他と一線を画しています。
- 主人公は細切れの情報をたよりに敵討ちの相手をずっと追ってゆくのですが、そこから浮かび上がってくるのは、敵もまた血の通った人間である、ということです。
- しかも、敵の心情描写は一文としてありません。終始、顔の見えない影のような存在です。
- 部屋(宮本百合子)
- 旅館にイタリアの声楽家が住むことになって、女将の娘や女中などがあれこれ興味をもつ話。
- 主人公は女将の娘。たぶん小学生。好奇心旺盛で、怖い親の目を盗んで、突然の珍客の様子を逐一ちらちらと窺っています。
- 女中もあれこれ情報を仕入れては、娘に話している。興味を抑えきれません。
- 女将らは平然を装っているが、実際のところはどうだか分からりません。
- そんな情景の一コマを写し取った内容で、ほほえましく笑えます。
- 芋粥(芥川龍之介)
- これは名作です。
- 時代は平安。とことん冴えない官吏が主人公。彼はまわりのすべての人からいじめを受けても、当時の超高級食(これが事実かどうかは知りません)だった芋粥のために生きてゆく。いつか、芋粥を厭きるまで食べたい。
- 人がつらいことに耐えたり大変なことに頑張れたりするのは、かなえたい目標があるからです。だから、この目標をなくしてしまうことはある意味、どんな酷い仕打ちを受けたり、途方もなく大変な仕事をする羽目になることよりも、圧倒的に不幸なことでしょう。
2003.01
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2002.12
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