Last modified at 2004/05/04 03:12
- ふと気になったことを書いていきます。
- たとえば、温泉に入った猿は湯冷めしないのか?、など。
- Big Issue
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- ちかごろ「Big Issue」を売っている人をよく見かけます。
- 売っている雑誌は同じでも、その売り方は人それぞれです。
- 「ビッグイシュー、発売中です!」と生真面目な声。
- 「はっつばいちゅーだよ〜」とひょうきんな声。
- 「・・・」(無言)。
- その掛け声やしぐさから、その人のこれまで歩んできた道程がしのばれる——とまではいきませんが、ホームレスの人が一個の人格的存在として私の前に立ち現れるのは事実です。また、そのことが私の中にある不思議な感覚を呼び起こしもします。
- 駅やビルの隅に寝転んでいる「もの」のようなホームレス。正確には、ホームレス以外の人から構成されるきらびやかな社会の維持のために、「儀礼的無視」(デュルケム)をし続けられ、断ち切られたホームレス。
- その、われわれの社会にはいないはずのホームレスが、われわれの社会の中で、段ボールに包まれた「もの」ではなく人格的存在として、確かにそこにいる。私にとってこれは驚きであり、いるはずのない人がいるという不思議な感覚は Big Issue の販売員に遭遇する度に甦ってくる。
- 日本ミルクコミュニティ
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- 最近、牛乳がなくて困っています。
- もちろん牛乳はどこでもいろいろと売っています。
- しかし、製造者欄を見れば分かるように、そのほとんどは「日本ミルクコミュニティ」の製品です。
- 日本ミルクコミュニティの代表製品「メグミルク」には、左端に太陽の出来損ないのような妙なマークがあります。<img src="megmilk.gif" width=140 height=140 align="right">
- いわずもがな、あの雪印のロゴをカムフラージュしたマークです。
- あれだけの不祥事を起しておきながら、まだなお、雪印のロゴにこだわろうとする(それもパッと見だけでは分からないような姑息なごまかしで)、その浅ましさにはヘドが出ます。
- 日本ミルクコミュニティは農協と酪農、そして雪印が合併した会社なのですが、三社の製造規模からいって、ほとんど雪印を母体とする会社といってもいいでしょう。
- あの事件以後、雪印は消費者にたいして、今後とる安全対策や品質管理方法などの報告といった、誠意ある対応を全く行っていません。
- やっているのはただの責任逃れと、(農協、酪農という)隠れ蓑の確保だけで、そこには反省のかけらも感じられません。
- こんな詐欺師のような会社の製品なんて、口にするのも汚らわしいです。
- 日本ミルクコミュニティ以外で容易に手に入る牛乳といえば、目下のところ明治のおいしい牛乳だけで、たまに小岩井牛乳を見かける程度です。
- 残念ながら現状は棚の9割方の製品は、裏にこっそり「日本ミルクコミュニティ」と書いてあります。
- 表には色々なブランド名が記載してあり、あたかも全く別の会社の製品のように見せかけながら、結局はみんな「日本ミルクコミュニティ」。。。「詐欺師コミュニティ」なら分かるのですが。
- 「詐欺師」を言い過ぎだとおっしゃる方がおられるかもしれませんが、もし正直に、どの製品にも表面に「雪印」の刻印があったら、いったいどれだけの人がその製品を手に取るでしょうか。
- 明治乳業ならびに小岩井乳業、その他日本ミルクコミュニティ以外の製造業者のご活躍を期待してやみません。
- NHKの9.11絡みの特集番組を見て
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- 深夜なので日付は9/12ですが、ともかく9/11とあって、平和やアメリカ一国主義やグローバリゼーションといった9.11がらみの特番をNHKでやってました。
- いろんな人が「××が問題だから○○すべきだ」と言っています。
- 実現性のない空虚な言葉に思えます。
- どんな場でも勝敗や優劣は必ず生じます。
- 思うに問題を一言で言うと、アンフェアなルールがまかり通っていることでしょう。
- 無邪気に平和を願うのではなく、軍事力の多寡に関わらないフェアな戦い方を考えること。
- アメリカ一国主義を功利的得失の観点から批判するのではなく、その卑怯を批判すること。
- グローバリゼーションを憂うのではなく、生活水準に関わらないフェアな競争方法を考えること。
- そういったコンセンサスができると未来は明るいのでは。
- そんなことを思いました。
- グラウンド・ゼロ
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- NHKで9.11の特集を見ました。
- 周知の通り、アメリカでは、テロから身を守るという目的のために色んな手段を講じ、その手段(盗聴やアラブ系移民の徴集など)が市民の自由を犠牲にする、ということが起こっています。
- 番組を見る限り、問題は(私が思っていたよりも)入り組んでおり、テロ対策の目的も手段も、根幹のところが曖昧になったまま(ダブー)であることのようです。
- かねがね、アメリカという国には2種類の人がいると思っています。
- ひとつめは、「自由」に憧れてアメリカに渡り、あるいは「自由」のもつ意味の重さ・尊さを噛みしめて生きている人。
- もうひとつは、たまたまアメリカという国に生まれ落ちただけの人。
- テロ対策の目的は、自由を守ることなのか、あるいは身の安全を守ることなのか。
- テロ対策の手段は、テロが起きうることを常に想定し、ひとりひとりが自分でできる対策をそのつど講じることなのか、あるいは単純に危険要素(だと思う要素)をひたすら除去することなのか。
- このような目的と手段の曖昧さに、個人個人の置かれた状況(人種など)が重なって、最大公約数だけを抽出してみれば結局のところ、あのネオコン連中の言っていることと大して変わらなくなります。
- ブッシュやネオコン連中の薄っぺらな意見が米国内でまかり通っている、その状況が示しているのは、アメリカ人の大多数がバカだったということではなく、グラウンド・ゼロをその根っこの部分からとらえた意見というのが各人でバラバラかつ深く重いため、ひとつの世論を形成しえない、その鬱屈さなのだ、と思いました。
- 花柄の布団
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- シーツをはぎ、布団を干しました。そこでフト思いました。
- 「どうして布団はどれもこれも花柄なのだろう?」
- 浮世絵に出てくる布団は多くの場合、木綿着と同じような文様をしてます。
- たぶん戦前までは、服の端切れとかで布団を縫っていたハズなので、これもあのでっかい花柄ではなかったハズ。
- 花柄が一般的になったのは、布団が「布+綿」ではなく「布団」として定着した戦後になってからでしょう。
- そして、その原型は百貨店が隆盛した大正期前後に高級品として販売されていた布団の柄であって、その当時たまたまアール・ヌーヴォー調の柄が流行っていた。それがそのまま今日まで続いている、というのがきっと、理由といえば理由なのでしょう。
- それはともかく、布団を買う人はその機能性や価格を較べてどの布団を買うのかを決め、布団のデザイン性を気にかける人は誰もいません。
- 偶然と惰性だけで存在する必然性のないものは、ふだん気づかないだけで、この世に結構残っているのかもしれません。
- 勝負下着
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- 最近、デパートやモールで勝負下着をよく見かけます。私の職場のみなとみらいには勝負下着専門店もあります。
- どれも極彩色で、複雑に組み合わせられた布がヒラヒラしています。
- そして、洗濯したら色落ちして折角のヒラヒラも型くずれして、見るも無惨な姿になりそうな、まさに1回限りの、ここぞという勝負でつける下着です。
- さて、ここで素朴な疑問が湧いてきます。
- だいたい、普段は見せたこともない下着を、ほかならぬ勝負相手が目にする時になって、その下着の種類が何であるかで、果たして勝負の結果に何の変化があるのでしょうか?
- このクリスマスイブに決戦を迎える多くの人に、勝負下着は日常下着とは違った何かを与えてくれるのでしょうか。
- どうも疑わしい。
- どう考えても、勝負下着とは、相手を誘うためのものではないでしょう。
- 相手がすっかり怖じ気づき、凍りついてしまう可能性大です。
- 事実は逆で、自らの怯えた心を奮い立たたせ、自らの闘志に火をつける、戦闘服なのではないでしょうか。
- それにしても、何でそんなに勝ち負けを急ぐのか、不思議です。
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