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甲寅日録
温歳十八
正月小
朔日辛丑。曇暖。余尚在制中。闔家不賀。但闢門松竹如例。以内喪故也。茲日微邪。阿瞽来針入。夜雨。有微雪。
一日。曇りで暖かい。私はまだ身を慎んでおり、家中が正月を祝っていない。ただし、門前に門松を飾るのは例年通りで、そうするのは家の内に対しての喪だからである。この日は体調が少々すぐれない。按摩さんが来て針を入れてもらう。夜は雨で、微かに雪が降る。
二日壬寅。淡隂。余除喪沐浴、受賀。藤澤順三、柏原信次至。久保倉主殿、倉地次郎太、川村清兵、小南鉉次、北角仙次来賀。針瞽来。
二日。日差しは淡く陰る。私は喪を解いて沐浴し、慶賀を受ける。藤澤順三、柏原信次がやって来る。久保倉主殿、倉地次郎太、川村清兵、小南鉉次、北角仙次が新年を祝いに来る。針師が来る。
三日癸卯。好晴風寒。藤澤順、青山元吉、柏木誠太夫至。伊澤兵九来。
三日。快晴だが風は寒い。藤澤順三、青山元吉、柏木誠太夫がやって来る。伊澤兵九が来る。
四日甲辰。隂寒微雨。天野彌五来賀。
四日。日差しが陰って寒く、微かに雨。天野彌五が新年を祝いに来る。
五日乙巳。細雨大南風。山田三育、水谷亮蔵、小川佐左、秋山敬助来。夜与青山子如仲街日野店。
五日。細雨で強い南風。山田三育、水谷亮蔵、小川佐左、秋山敬助が来る。夜、青山元吉と仲町の茶屋に行く。
六日丙午。隂雨。晨起。地震頗大。荳菽至。是夜節文儺如例。瀧川嘉衛疾、渡邉廣次代勤。
六日。陰雨。早起きする。地震は頗る大きい。豆が到着する。今夜の節分で撒く儺豆で、例年通り。瀧川嘉衛が病気のため、渡邉廣次が代勤。
七日丁未。隂寒。完戸雄三、佐野叔、石橋三英至。此日坂上玄丈没。
七日。陰寒。完戸雄三、佐野叔、石橋三英がやって来る。この日、坂上玄丈が没。
八日戊申。隂。筒井萬輔、久保倉主殿至。茲日以小林栄太、奉告余疾愈之事子 朝。
八日。陰。筒井萬輔、久保倉主殿がやって来る。この日、小林栄太を通して、私の疾患の快癒を将軍様に告げ奉る。
九日己酉。隂雪数点。茲日拝年本郷、牛込、番街、溜池、西久保、築地、小川町、駿台、皆終。謁林祭酒。午飯小南。
九日。陰りの中、雪が数点。この日の初詣は、本郷、牛込、番街、溜池、西久保、築地、小川町、駿台で、みな終える。林大学頭に謁する。小南鉉次と昼食。
十日庚戌。隂。是日又拝年近隣及浅草、本所、濱街、新橋。午飯狩野。訪晴潭居。
十日。陰り。この日もまた初詣で、近隣および浅草、本所、濱街、新橋へ。狩野と昼食。晴潭の居を訪ねる。
十一日辛亥。淡晴。晨起如小林氏。茲日遠藤但州逹 大命。明日己牌余可朝 営欣々幸々一家雀躍。青山子、晴潭来。完戸雄、小川佐至。和田半次来宿。
十一日。淡い晴れ。早起きして小林栄太氏のところへ行く。この日遠藤但州より大命が届く。明日より、成島甲子太郎こと私は朝殿にお仕えするとのこと。欣々幸々、一家は小躍りする。青山元吉、晴潭が来る。完戸雄三、小川佐左がやって来る。和田半次が泊まる。
十二日壬子。隂。辰牌登 営先候。蘇轍間坊主、矢代久善、導余観諸殿廊金碧煌耀。憩掃治部屋己牌候。焼火間久矣、午時、於外史部屋、閣老列座参政侍座、阿部勢州、伝 命。拝両番格奥詰試守父職、俸三百石。新部屋血誓。勢州及参政本庄芸州出座而後入奥。謁御取次衆泊方両頭取、御膳番奥之番諸局賜午厨、退 朝。与小南鉉如田橋両府謁。用人及閣老参政祭酒邸廽勤。畢而帰賀客満堂。茲日暮雨霏々寒酷歯痛阿瞽一針聞蛮舶泊豆州海。
十二日。陰り。午前八時に小生は登城。蘇轍の間の坊主・矢代久善が私を導いて金や碧に煌り耀く城中を案内する。掃除部屋で憩う成島甲子太郎。灸の間に久しくいる。正午、外史部屋において、老中が列座し若年寄が侍る中、阿部伊勢国守が将軍の命を伝える。父の職であった両番格奥詰衆の見習いを拝し、三百石を俸る。新部屋にて血書する。伊勢国守および家老・本庄安芸国守の出座して後、奥に入る。御取次衆、泊方の両頭取に謁見し、御膳番、奥之番などの局員に昼食を賜り、城を退く。小南鉉次と、田・橋の両官のところへ行き謁見する。側用人および老中、若年寄、大学頭の邸宅へ挨拶回り。ようやく帰宅すると祝賀客で部屋は一杯。今日は暮れに霧雨が降って寒い。ひどい歯痛。按摩さんに一針。蛮舶が伊豆の海に停泊と聞く。
十三日癸丑。風雨微雪。夙如小林氏同。朝 営。試習諸事。午後退出。諸御側衆頭取邸廽勤、小川町、常磐橋、外桜田、大橋辺。畢矣憩狩野晩飰。夜帰。一針乃眠。茲日幸而雨雪頓歇。唯隂雲寒甚。
十三日。風雨が強く、後に淡雪。早朝、小林栄太氏と同じくする。登城。諸事を試みて習う。午後に退出。御側衆や御小姓頭取の邸宅に挨拶回りで、神田小川町や常磐橋門外、桜田門外、日本橋辺りに出向く。日暮れに狩野宅で憩い、夕餉。夜に帰宅。一針して眠る。この日は幸い雨雪が急に止む。ただ陰鬱な雲が甚だ寒い。
十四日甲寅。淡晴晩雨。先如三線溝小笠原邸而、登 城。三日見習。今日而畢小南鉉董叔同会。厨後廽勤。亦坂番街雉橋辺。終矣夜帰。脚甚疲。一針而■(※目扁に人)。茲日聞蛮舶不見。是一大喜事。
十四日。淡い晴、夜は雨。先に気の合う小笠原邸へ行ってから登城する。侍講見習も三日目。今日、日暮れに小南鉉次、董叔と会合する。昼食後挨拶回り。坂番街や雉橋辺に出向く。結局夜に帰宅。脚が甚だ疲れる。一針してもらって眠る。この日、蛮舶が見えなくなったと聞く。大いに喜ぶべき事だ。
十五日乙卯。暁雨半雪。乗輿登 朝。茲日百官拝賀。余以席順未定不賀。午後、市谷、小日向辺廽謝。畢余於輿中腹悶嘔吐。困甚而還。阿瞽来針。茲日諸門及六尺輩祝儀金銭尽投。畢夜月朗然。聞阿美利加艦来。真邪虚邪可患。
十五日。宵口は雨、あとは雪が降ったりやんだり。輿に乗って登城。この日は百官拝賀の日。私は席順未定のため拝賀せず。午後、市ヶ谷、小日向辺りを挨拶回り。とうとう私は輿の中で腹が痛み嘔吐。困惑甚だしく、そして帰宅。按摩さんに来てもらって針を打つ。この日そちこちの門前では、祝儀金が尽きるまで六尺輩へお代を投げやる光景がある。夜がきて、月は朗然。アメリカの戦艦が来たと聞く。虚実は分からないが、患うべきことだ。
十六日丙辰。新晴。矢口謙齋、鹿児立三、平野雄三、木村熊蔵至。連日諸家賀簡及贈物輻湊。聞大命降市陌。夷舶入港。人々不可動揺云。諸会計終矣瞽来針。奴婢祝儀投終。月明。
十六日。爽やかな晴れ。矢口謙齋、鹿児立三、平野雄三、木村熊蔵がやって来る。連日家々では祝賀の書簡や贈物が寄せられてくる。大命が市中に下ったと聞く。夷船が入港したが、人々動揺を云うべからずと。いろいろの会計を終えたところへ按摩が来て針を打つ。使用人へ祝儀をやり終える。月が明るい。
十七日丁巳。快晴。礫川、茗渓、深川廽勤。畢青山子、櫻井、阿誰及賀客多来。鈴木宗休妻来贈数種蜜。舸近在港中。春来。更不聞探梅之話。
十七日。快晴。小石川、茗荷谷、深川を挨拶回り。日暮れに青山元吉、櫻井、あと誰か、そして多くの祝賀客が来る。鈴木宗休の妻が来て数種の蜜を贈る。早船が街はずれの港の中にある。春が来る。が、探梅の話は聞くべくもない。
十八日戊午。朝霰午霽。新直 登。営申下牌地震。茲日訪艮齋翁不逢。針瞽来。蛮説益囂。
十八日。朝はあられ、昼に雲が晴れると、改めてすぐに登城。上司が私に地震を申し下された。この日は艮斎翁を訪ねたが会えず。針師が来る。蛮国の噂がますますやかましい。
十九日己未。淡晴。藤澤順、島邑孝、宮田文来。聞夷艦七艘一艘巨艦也云。夜雨粛々。平野勝之来話。茲夜酉刻藤堂侯孫女没出棺。家宰拝門。
十九日。淡い晴。藤沢順三、島村孝、宮田文が来る。夷国の艦は七艘で、うち一艘は巨艦だと言うのを聞く。夜は静かな雨。平野勝之が来て話す。この夜六時頃、藤堂侯の孫娘が没し、出棺。家老が拝門している。
廿日庚申。暖春雨如煙。
二〇日。暖かい春の雨は煙のようだ。
廿一日辛酉。好晴烈風。青山子至。頭取衆達家君。去冬皆勤恩賜在。明日己牌前。余可代朝営云 秋敬助亮蔵至。風料峭。
二一日。烈風の吹く快晴。青山元吉がやって来る。御小姓頭取と御側衆が主君の御前に集まる。昨冬の皆勤に対する恩賜がある。私が代わりに恩賜の辞を言う。秋山敬助、水谷亮蔵がやって来る。風がうすら寒い。
廿二日壬戌。晴。登 営。泊方菅沼織部正殿御通詞賜時服一襲蓋。家君去。冬皆勤之賜也。完戸生金子民至。観月庵。謁本覚及諸尼。
二二日。晴。登城。泊方の菅沼織部正殿の御通詞が冬服を一着賜る。主君が去る。冬の皆勤の恩賜である。出羽生まれの金子民がやって来る。庵で月を観る。高僧および諸尼に謁する。
廿三日癸亥。晴。直日。登 営。茲日暄暖有春意。帰途訪艮翁不逢。至宅而艮翁来。
二三日。晴れ。宿直の日である。登城。この日は暖かく、春の気配がする。帰る途中で艮斎翁を訪ねるも会えず。家に着くと艮斎翁が来た。
廿四日甲子。暖南風微雨。素読稽古始。茲日新鋳壱朱銀下市陌。余亦観之。
二四日。暖かい南風が吹き、微かに雨。素読の稽古を始める。この日、新しい一朱銀が市中に出回る。私もまたこれを見る。
廿五日乙丑。淡霽。遠浦砲声如雷。本法寺拝粛荘公墓。帰途大風捲沙。且粛公印章在予懐王父君使家僮激予帰而調印投城使故急遽困甚。針瞽来。矢口謙齋至。入夜繊雨。聞砲声。則蛮艦所放。可驚。
二五日。薄晴れ。遠くの浦から砲声が雷のように轟く。本法寺で粛荘公の墓に拝む。帰る途中、大風が砂を捲き上げる。しかし、私の懐には粛公の印章がある。祖父が小者の私を励ましてくれる。私は帰って調印し、城の使者へ渡す。この大風のために急に疲れが出る。針師が来る。矢口謙齋が来る。夜に入り細雨。砲声を聞く。蛮艦が放ったものである。驚くべし。
廿六日丙寅。隂寒狂風。小詩発会。矢口謙齋、岩董斎舟、青■(※舟扁に青)潭、関雪江、岡野鼎来小飲。
二六日。陰って寒く、狂ったような風が吹く。小さな詩会を発足する。矢口謙齋、岩董斎舟、晴潭、関雪江、岡野鼎が来て少々飲む。
廿七日丁卯。晴。秋敬助、山玄活至。
二七日。晴れ。秋山敬助、山玄活がやって来る。
廿八日戊辰。晴。朝 営。席次未定。不賀満域。只蛮艦之話耳。青山子、伊澤兵九至。
二八日。晴れ。朝登城。席次はまだ定まらず。誰も新年を祝ってはいない。聞こえるのはただ蛮国の戦艦の話のみ。青山元吉、伊澤兵九が来る。
廿九日己巳。霽。聞夷舶入大森港。午後与杉忠達、小佐左至。芝浦観諸塁形勢。晩帰。
二九日。晴れ。夷国の船舶が大森港に入港した。午後、杉忠達と小川佐左がやって来る。芝浦で諸々の塁砦の様子を観察する。晩になって帰る。
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