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辟易賦

辟易賦について

辟易賦
  1. 乙亥之秋八月既望、社主僕と机を並べて燭台の下に集る。
  2. 投書頻りに来たつて編集終らず。
  3. 紙を展べ筆を握つて讒謗の律を調べ条例の文を誦す。
  4. 少焉(しばらく)あつて(あせ)(わき)の下より出でて横腹の(あたり)沾滴(したヽる)す。
  5. 心配胸に横わり困苦肝に銘す。
  6. 一身の置き所を失ひ万事の茫然たるを覚ゆ。
  7. 慄々(ぞくヽヽ)乎として邪を受け風を引き其の寝た所を起こさるヽが如し。
  8. 惴々(びくヽヽ)乎として一生懸命軽業で綱渡りするが如し。
  9. 是に於て筆を投じて嘆くヿ久し。
  10. 机を(たヽ)いて之を歌う歌に曰く。
  11. 猫の説狸の話空論を出して流行に連れる。
  12. 漸々(ようヽヽ)にして予れ凌ぎ。贔屓を国の四方に望む。
  13. 僕に法螺(ほら)を吹くの(くせ)有り。
  14. 口に任せて之を書く。
  15. 其事曖昧然として眠むるが如く酔ふが如く(うなさ)るヽが如し。
  16. (たね)少々にして絶えざる糸の如し。
  17. 幽霊の虚説を録し情死(しんじう)の痴情を記す。
  18. 社主愀然として眉を(ひそ)め小声で僕に問ふて曰く何為れぞ其困るや。
  19. 僕の曰く罪重く罰速かにして末広家に蟄す是日新堂の咎に非ずや。
  20. 北日報を望み。東報知を望めば。双方相ひ並んで欝々として悄々(しほヽヽ)たり。
  21. 是れ編者の分聴に呼ばれたる(わけ)に非ずや。
  22. 其の刑事に及び口供(くちがき)を奉り。仰せに従つて()がるに至ては。罰金何円禁獄(とが)に応ず。
  23. 口を極めて冤を訴へ臂を張て理を弁ずるも。誠に無益の事なり。
  24. 而して何の為めにも成らんや。
  25. 況や吾れと子とは貧乏の社に開業し。許可を願て発兌を事とす。
  26. 一本の禿(きれ)筆を執り報告を得て以て相認め愚説を天下に示す。
  27. (きび)しき条例の一件吾が性の臆病なるを哀しみ御威光の窮りなきを感ず。
  28. 戸長に向つても以て閉口し役人を望んで(とこしな)へに恐る。
  29. 迚も勝つ可らざるを知て泣く子と地頭に比す。
  30. 社主曰く(おまへ)も亦屁と(かさ)とを知る乎出る者は斯くの如くにして未だ嘗て尽きず。
  31. 膨腫(はれ)る者は彼れが如くにして急に引込むヿ無し。
  32. 蓋し其の悪くむ者より之を観れば則ち片時も以て用捨する能はず。
  33. 其の悪まざる者より之を観れば則ち人も我れも皆罪無き也。
  34. 又何ぞ危ぶまんや且夫れ天地の間人各心有り苟も吾れの(よし)とする所に非れば一寸でも引くヿ無し。
  35. 但し圧制の旧習と頑固の偏人とは。耳之れを聴けば腹を立ち目之れを視れば色を変ず。
  36. 之を諭しても益無く。之れを説いても聴かず。是攘夷家の無法者也。
  37. 而して吾れと子と共に嫌ふ所なり。
  38. 僕驚いて黙し墨を磨つて之を記す。
  39. 蝋燭既に尽て座敷真つ暗なり。
  40. 相共に机辺に仮寝(うたヽね)して薮蚊の頻りに()すを知らず

赤壁賦
  1. 壬戌之秋七月既望、蘇子客と舟を(うか)べて赤壁の下に遊ぶ。
  2. 清風(おもむ)ろに来たって水波興らず。
  3. 酒を挙げ客に(すす)めて明月の詩を誦し窈窕の章を歌う。
  4. 少焉(しばらく)あって月東山の上より出でて、斗牛の間に徘徊す。
  5. 白露江に横たわり水光天に接す。
  6. 一葦の如く所を(ほしいまま)にし万頃の茫然を凌ぐ。
  7. 浩浩乎として虚を()り風を御し、其の止まる所を知らざるが如し。
  8. 飄飄乎として世を(わす)れて独り立ち羽化して登仙するが如し。
  9. 是に於て酒を飲んで楽しむこと甚だし。
  10. (ふなば)(たた)いて之を歌う歌に曰く。
  11. 桂の棹蘭の(かじ)空明に撃ちて流光を(さかのぼ)る。
  12. 渺渺たる予が懐い、美人を天の一方に望む。
  13. 客に洞簫を吹く者有り。
  14. 歌に倚りて之に和す。
  15. 其の声嗚嗚然として怨むが如く慕うが如く泣くが如く訴うるが如し。
  16. 余音嫋嫋として絶えざること縷の如し。
  17. 幽壑の潜蛟を舞わしめ孤舟の嫠婦を泣かしむ。
  18. 蘇子愀然として襟を正し危坐して客に問うて曰く何為れぞ其然るや。
  19. 客の曰く月明かるく星稀れにして烏鵲南に飛す此曹孟徳の詩に非ずや。
  20. 西夏口を望み、東武昌を望めば、山川相い(まと)って、鬱乎として蒼蒼たり。
  21. 此れ孟徳の周郎に(くる)しめられたる者に非ずや。
  22. 其の荊州を破り江陵を下り、流れに順いて東するに(あた)りてや、軸艫千里旌旗(せいき)空を蔽う。
  23. 酒を(そそ)いで江に臨み(ほこ)を横たえて詩を賦すは、(まさ)に一世の雄なり。
  24. 而して今(いず)くに在りや。
  25. 況や吾れと子とは江渚の上に漁樵し、魚鰕を侶として麋鹿を友とす。
  26. 一葉の扁舟に駕し、匏尊を挙げて以て相(すす)め蜉蝣を天地に()す。
  27. 眇たる滄海の一粟吾が生の須臾(しゅゆ)なるを哀しみ長江の無窮を羨む。
  28. 飛仙を挟んで以て遨遊し、明月を抱いて(とこし)えに終ゆ。
  29. (にわ)かには得べからざるを知って遺響を悲風に託す。
  30. 蘇子曰く客も亦夫の水と月を知る乎。逝く者は斯くの如くにして未だ嘗て往かざるなり。
  31. 盈虚(えいきょ)する者は彼くの如くにして卒に消長する莫きなり。
  32. 蓋し将た其の変ずる者より之を観れば則ち天地も曾て以て一瞬たる能わず。
  33. 其の変らざる者より之を観れば則ち物も我れも皆尽きること無き也。
  34. 又何をか羨まんや且夫れ天地の間物各主有り荀も吾れの有する所に非れば一毫と雖も取ること莫し。
  35. 惟だ江上の清風と山間の明月とは、耳之を得れば声を為し目之に遇えば色を成す。
  36. 之を取れども禁無く、之れを用いても()きず。是造物者の無尽蔵也。
  37. 而して吾れと子と共に適する所なり。
  38. 客喜んで笑い(さかずき)を洗いて更に酌む。
  39. 肴核既に尽て杯盤狼籍たり。
  40. 相共に舟中に枕藉して東方の既に白むを知らず。

メモ

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