Last modified at 2004/02/07 12:23
間違いを見つけた有識者のみなさま、こちらまで御一報いただければ幸いです。
- 柳北が閉居を命じられた間における洋学仲間との詩文交遊を記した、同人誌的な書です。
- 底本は「柳北全集」(明治三〇年七月、博文館)です。
- 原文の漢字が旧字体で、新字体がある場合は、人名を除き、新字体のほうで入力しています。
- 強調文字(傍点(○や◎や●やヽ))はすべて「強調文字」としています。
- 誤字と思われる箇所があってもそのまま入力しています。
- 2003/08/12:ご指摘により誤記修正
- 2002/12/20:新規作成
- 【原文】
- この草紙をかく名づけたるは、ある人の、おこと等はなとて、かくいつまでも、うつけたる事のみ好めるにやと、詰りしことのありけるを、思い出しまま、かく定めけるになむ。
- 乙丑の元日何となく春の声する高どのに、誰そののあるじしるす。
- 誰その --- 柳北の号「誰園」。下谷の柳北邸の庭からとったもの。(前田愛)
- 【口語】
- この草紙をこう名付けたのは、ある人が「そなたらはなぜ、こういつまでも、くだらぬことばかりしているのか」となじったことがあったのを思い出して、それをそのまま名前に、という次第。
- 一八六五年元日、なんだか春の声がする高殿にて、誰園の主しるす。
- 【メモ】
-
- とてもさりげないけど、とてもせつない巻頭言です。とくに「なじった」というところが切ないです。
- ちなみに前田愛氏は「成島柳北」(朝日新聞社、一九七六)で、このなじった人は福沢諭吉ではないかと勘ぐってます。が、お人好しの性格上、柳北がそういう陰口を記すとも思えません。それに、柳北の兄貴分ともいうべき桂川甫周は福沢諭吉にとって洋学の師のような存在だったので、「そなたらは」と桂川を含めるようなかたちでなじれるはずもありません。
- 私としては、なじっているのは柳北本人であるととりたいところです。
- 【原文】
- ○元日朝またぎより例の人々唯好のもとにつどひける折扇にものかけとありければ
- 田子の浦人
- 青柳を東風の相手と定めけり
- 朝またぎより ---
ここでは「朝またぎ・より」と意味をとりましたが、「朝・マタギより」なのかもしれません。(2003/8/12 修正)原本を確認したところ、「朝またき」を「朝またぎ」と打ち間違えて、ひとりマヌケに悩んでいました。Michio Endo さん、ご指摘ありがとうございます。以下ご指摘:
- 「元日朝またぎより例の人々唯好のもとにつどひける の朝またぎよりについては朝まだきより ではないでしょうか。」
- 唯好 --- 柳北のことです。わいわいするのが唯だただ好き、という意味でしょうか。
- 田子の浦人 --- 「田子の浦に うちいでて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ」の舞台は駿河・田子の浦の吉原というところなので、吉原に通っていた誰かでしょうか? あるいは「タコ」とあだ名されていた柳河春三かもしれません。
- 【口語】
- ○元日の朝から昼にかけて、例の人々が唯好のもとに集った折、扇に何か描いてくれとあったので
- 田子の浦人
- 芽吹いて青々とした青柳が春の東風にゆられる絵柄にしたのである
- 【メモ】
-
- 「と」と「り」が強調されています(原本では強調点)。「お鳥」という妓女がいたそうです。
- きっとホロ酔い加減で「と」と「り」を叫ぶように強調して、ヘラヘラ笑いながら詠んだのでしょう。あるいは同席していたのかもしれません。
- 【原文】
- ○年毎のためしなれど、去年のくれはことさらに恐ろしげなる鬼どものいで来て、ふくろの物みな奪ひ去にければ、この春淋しく覚へてかくはよみける
- ただ好の朝臣
- 梅桜いかに咲ともやま吹のはななき宿は淋しかりける
- 鬼 --- 借金取りのことを昔は「鬼」と呼んでいました。ツケは年の暮れに一括して払うのが江戸時代の商慣習。
- ただ好の朝臣 --- 「朝臣」=寵臣。家来のこと。字義通りに意味をとると、柳北の門弟となります。ですが、後段を読むにつけ、どうも桂川甫周のようです。
- 山吹 --- お金の隠語。
- 【口語】
- ○毎年のことながら、去年の暮れはことさら恐ろしい鬼たちが出てきて、財布の中身をみな奪い去っていったので、この春はふところが淋しくなってこう詠んだ。
- ただ好の朝臣
- 梅や桜がいかに咲き誇っていても、山吹の花がない家というのは淋しいものだ
- 【メモ】
-
- 貧乏を謳歌しています。
- 桂川甫周の娘・今泉みね著「名残りの夢」によれば、桂川サロンには貧乏書生がかなり出入りしていたようですので、成島邸もそれに近い状態だったのかもしれません。
- 【原文】
- ○おなじ年の元日つとめて起出けるおりよめりける
- 柳の屋のあるじ春影
- 麗麗と匂ふ朝日の影みれば今年も春は長閑なるべし
- なをいかばかりうかれありきつらん、おぼつかなしや
- 【口語】
- ○同じ年の元日、早朝に起き出た折に詠んだ。
- 柳の屋のあるじ春影
- うららかに美しく映える朝日の影を見れば、今年もきっと春は穏やかにちがいない
- いつになったら足元がしっかりするのだろう。おぼつかないことだ。
- 【メモ】
-
- 「なをいかばかり」云々というのは、いい句が浮かばなかったことの照れなんでしょう。
- ここでは意訳しましたが、直訳すると「まだどれくらい浮かれ歩いたりするのだろうか」となります。
- 【原文】
- ○かつていひよりける女の、おとこをば子日の松と同じさまに引つつ遊ぶ心のありて、いといとにくければ、今年は逢まじと思い定めて、春のはじめ消そこのはしにかきて遣はしける
- ただ好の朝臣
- 我宿に黄金なるてふ樹を植て花さく後は逢んとぞ思ふ
- 子日の松 --- 正月初子(はつね:正月最初の子の日)に2種の新菜を食して無病息災を祈る、という中国の行事が日本に伝わって、奈良〜平安朝にかけて大事な宮廷行事となった。時を経て多少形式が変わり、野山に出て、飾り用に若松を根から引き抜いて、食用に若菜を摘んで、両者を合わせて長寿延命のお祝い、となった。根引きは芸妓の身請けをも意味するが、ここでは引っ張っているのが芸妓なので、すぐに別の男をこしらえる、という意味なんでしょう。
- 消そこ --- =消息文(しょうそこぶみ)。手紙。
- 【口語】
- ○以前自分に言い寄ってきた女は、男を子の日の松と同じように引っぱってきて遊ぶのが好きで、とてもとても腹が立つので、今年は逢うまいと心に決めて、春の初め手紙の端に書いて送った。
- 唯好の朝臣
- 我が屋に黄金が実るという樹を植えて、その花が咲いた後に逢いましょう
- 【メモ】
-
- 引き続き貧乏の句です。
- この女は、かつては言い寄ってきたことから、この人、昔は金持ちだったということが暗に分かります。
- 【原文】
- ○恋の歌よみける中に
- 寝覚の早樹
- とり かねも絶ず聞えて嬉しきはみ山隠れぬ我身なり鳧
- 寝覚の早樹 --- 桂川甫周(前田愛)
- とりかね --- 叩き鉦。かんかん叩いて鳴らす楽器
- み山隠れ --- 深山隠れ。奥深い山の奥ふかくに隠れること
- 鳧 --- 「けり」
- 【口語】
- ○恋の歌を詠んだものの中に
- 寝覚の早樹
- 叩き鉦までもが絶えることなく聞こえてきて、それに喜んでいるのはだれかといえば、山奥深くに隠遁している我が身なのだ。
- 【メモ】
-
- 【原文】
- ○春のあしたよめる
- 栗のやの伊賀麻呂
- つくはねの落てはあがる中空に
- 猶(またイ)いとけなき春は来にけり
- 栗のやの伊賀麻呂 ---
栗本鋤雲だろう。青柳達雄氏によれば箕作秋坪とある(『柳橋新誌 伊都満底草』(勉誠社文庫127)解説)。
- 【口語】
- ○春の朝に詠んだ
- 栗のやの伊賀麻呂
- はねつきの羽が空から落ちてはまた空へ上がる
- いよいよ(まったく)あどけない春が来たのだ
- 【メモ】
-
- 【原文】
- ○むかし契りし人に読で遣はしける
- 早樹
- いかにせむ人の園生の姫小松ひくも心の儘ならぬ身は
- 姫子松 --- 「子の日の松」と同義。ここでは「むかし契りし人」が身請けされたことを表している。
- 【口語】
- ○むかし契りを結んだ人へ、歌を詠んで送った。
- 早樹
- どうしたらいいのだろうか、いまやあなたは他人様の庭で子の日の遊びに興じているが、それに加わりたくともできない身の私はいったい
- 【メモ】
-
- 「送っちゃあマズイっすよ〜」という声が聞こえてきそうです。あるいは、大奥に入り、江戸城炎上で若くして死んだ妹のことなのかもしれません。
- 【原文】
- ○題しらず
- 春影
- ひとり立岸の岩根の姫小松かねて千とせの陰はみに鳧
- 【口語】
- ○無題
- 春影
- 岸辺の岩の根本に姫子松が独り立っている。樹齢は千年以上のようだ。
- 【メモ】
-
- 春三の句です。
- 「とり」「かね」「千」と、3人も詰め込んでます。
- でもそれだけで終わらず、仙界っぽくまとめてみせるところが上手です。
- 【原文】
- ○唯好のもとにてよめる
- さかきたか村
- 今日もまた涎たらしてすぎにけり
- たか村 --- =篁(たけやぶ)。すなおにかんがえれば桂川甫周のこと(竹なので)。
- 【口語】
- ○唯好のそばで読んだ
- 榊篁
- 今日もまた涎たらして過ぎにけり
- 【メモ】
-
- 「榊篁」の正体についてですが、甫周以外のだれかがお竹に仮託して「貧乏な甫周がよだれをたらしながら今日も見世の前をただ通り過ぎてゆくよ、ククク」という意にとりたい。
- そうだとすると、甫周はこの集まりの親分格なので、「さかきたか村」はこの会のあるじ柳北の背に隠れて(「もとにて」)いたずらっぽく詠んだ、ということになります。
- あるいは句の拙さからして、柳北にそそのかされた門弟のだれかが詠んだものか。
- 【原文】
- ○榊たか村の問けるは、古よりいまだたれを竹帛にしるす事をきかずと。其折早樹の、古人いはずや功名を竹帛にたるる、と答へしかば
- 苫屋の千鳥
- 竹帛にたれてうれしき浮名かな
- 竹帛 --- 「ちくはく」。中国で、紙の発明以前に竹簡や絹に書物を記したことから転じて、書籍(広辞苑)
- 苫屋 --- 「とまや」。苫(菅や茅をコモのように編んだもの)で屋根を葺いた粗末な小屋(広辞苑)
- 苫屋の千鳥 --- 先の句で酔っぱらっていることが分かっている千鳥足の柳河春三のことか。「千鳥」という芸妓は手元の資料には見あたりません。「千」「鳥」という芸妓はいるのですが。
- 【口語】
- ○榊篁が問うには「むかしから、誰かさんのことが書物に記してあるというのをまだ聞いたことがないのだが、どうか」。そのとき早樹が「その古人ならいうまでもなく、功名話を書物にたれている」と答えたので、
- あばら屋の千鳥
- 書き物に垂れて嬉しき浮き名かな
- 【メモ】
-
- ひとつ前の句で、篁が甫周以外の人だったらおもしろい、と書きましたが、ここでは篁を甫周以外の人と考えないと意味が通りません。「早樹」は甫周のことだからです。
- 内容は、もはや無用の人となった甫周のことを茶化したものです。
- 【原文】
- ○ある園の梅を見てよめる
- 靡糸
- 夜は風につてな忘れそ梅のはな
- ある園 --- たぶん、隅田川上流にある向島百花園のこと。通称「新梅屋敷」。柳北はこの近くの土手に桜の木を寄進しています。
- 靡糸 --- ?。「柳橋新誌」の芸妓一覧に「小糸」の名が見える。靡糸は「糸に靡(なび)く」なので、そういう人だということまでは推測できるのですが、そこまで。
- 夜は風に --- 太宰府に左遷された時、菅原道真が書斎に植えてあった紅梅をしのんで詠んだ句「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」を受けています。「東風」は春に東から吹く風、別名「春風」。
- 【口語】
- ○ある園の梅を見て詠んだ
- 靡糸
- 憂いを聞きつけた梅の木は、風に乗って一夜のうちに、遙かかなたの主のもとへ馳せ参じるという。梅の花よ、私のことづても決して忘れないでおくれ。
- 【メモ】
-
- とても風雅でいい句です。
- でも、百花園はにぎやかでごちゃごちゃしているところなので、こんなロマンチックな句がそこで詠まれたとはとても思えません。別の場所?、「誰園」か?
- 【原文】
- ○新撰長恨歌 録三
- 喫霞仙客
- いろになるみの襦袢もぬいで
- 春寒賜浴華清池。温泉水滑洗凝脂。
- すはだ自慢の夏の富士
- まつにしのんで夜長の秋を
- 遅々鐘鼓初長夜。耿々星河欲曙天。
- あかしかねたる床のうち
- 義理をかいてもかうなるからは
- 在天願作比翼鳥。在地願作連理枝。
- あくまで女房にもつこころ
- 長恨歌 --- 白居易の「長恨歌」は、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋をつづった長編叙事詩。本文中の漢文はいずれも長恨歌から。
- 喫霞楼仙客 --- 柳河春三(前田愛)
- いろになるみの襦袢もぬいで --- 幕末明治の都々逸を蒐集した湯浅竹山人『風流俗謡集』に「色になるみの襦袢もぬいで素肌じまんの夏の不二」と記述がある。
- 華清池 --- 華清宮。唐の太宗が驪山(りざん)の下に設けた離宮。陝西西安の西郊。玄宗皇帝が楊貴妃と遊んだので名高い。温泉宮。驪山宮。(広辞苑)
- まつにしのんで夜長の秋を --- 前掲書に「松にしのんで夜長の秋をあかしかねたる床のうち」とある。
- 鐘鼓 --- 鐘と太鼓。文意は、時刻を告げる音が待てどもなかなか聞こえてこない様子。
- 義理をかいてもかうなるからは --- 前掲書に「義理をかいても斯なるからはあくまで女房にもつこころ」とある。
- 比翼の鳥 --- 伝説上の鳥。雄雌がそれぞれ目1つ、翼1つを持ち、常に一体となって飛ぶ。男女の深い契りを表す。
- 連理の枝 --- 1本の木と他の木が、幹や枝を重ね合って同体化し、木理(木目)が相通じることを言い、男女間の深い契りのたとえとされる。
- 【口語】
- ○新撰長恨歌 録三
- 喫霞仙客
- お似合い三幅襦袢も脱いで
- 春の寒きに浴を賜る華清の池。温泉水滑らかにして凝脂を洗う。
- 素肌自慢の夏の富士
- こらえて待ってる夜長の秋を
- 遅々たる鐘鼓の初長夜。光々たる星河が曙天を欲す。
- 明かすつもりが夢の中
- 義理を欠いてもこうなれるなら
- 天にあって願うは比翼の鳥。地にあって願うは連理の枝。
- いつでも女房を思ってる
- 【メモ】
-
- 『風流俗謡集』はネットで偶然みつけたのですが、とても参考になります。
- 明治のころは都々逸が盛んに読まれていたのですが、今では愛好家がいないためか、あまり目にしません。徹頭徹尾庶民の歌だったので、文章を後生に残す知識人の目にとまらなかったのでしょう。歴史資料としての価値は高いと思うのですが、誰かまとめてくれないものでしょうか。
- ここでも、当時流行っていた庶民の都々逸と、知識人に馴染みの古典・長恨歌を並べるという趣向をねらっているのですが、残念ながら現代の私にはピンときません。
- 【原文】
- ○恋の歌よめと人のいひければ
- 唯好の朝臣
- 我か恋はすまの浦半のとも千 鳥かよふ浪路の関守や誰
- 須磨 --- 小倉百人一首の「淡路島通う千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守」(源兼昌)を受けている。ここでは、千鳥を妓女に見立てています。多くの妓女にチヤホヤされて夜も寝かせてもらえない、という意味か、あるいは逆に、イヤでも耳に入る黄色い声に悶々として眠れない、という意味。いずれにしても「関守」は自分。
- とも千鳥 --- 友千鳥。群れている千鳥(広辞苑)
- 【口語】
- ○恋の歌を詠めと言われたので
- 唯好の朝臣
- わたしの恋とは須磨浦の千鳥の群れのよう。鳴き声で眠れない関守は誰であろう。
- 【メモ】
-
- 例の貧乏人の句。
- 悶々説をとると、貧乏だから恋がしたくてもできんのだ、となります。貧乏という役柄なので、たぶん悶々説をとるべきなのでしょう。
- しかし、後の句をみれば、女なんてうるさいだけだ下らない、という解釈もできる。難句。
- 【原文】
- ○早樹によみて贈りける
- 春影
- 鯨とる舟人きくやみくまのの浦半の月に千 鳥なくこゑ
- 鯨 --- 梅屋政吉。桂川邸によく出入りしていた芸者。「名ごりの夢」に詳しい。
- もう年増の方で、何でも三十ぐらいの人らしく、しっかりしていました。うけ出して妾にしようなどと言われたって行きません。まあみさおがただしいというのでしょうか。人のもてあそびにはなりません。それだけに芸があって、みんなからねえさんねえさんといわれておりました。うちにはよく来ていて、芸者でないように使い女と同じようにしていました。政吉の母親も手伝いに来たりしました。この政吉というのは芸者でも柳河さんとお友達になるくらいの才がございました。学んだと言うよりも生れつきでございましょう。(「名ごりの夢」一九八頁)
- みくまの --- 和歌山〜三重県の熊野灘。航海の難所。捕鯨発祥の地らしい。
- 【口語】
- ○早樹に詠んで贈った
- 春影
- 熊野灘で鯨をとる船乗りは聞いたのだろうか、須磨浦の月に千鳥が鳴く声を
- 【メモ】
-
- 「鯨」を贔屓にする早樹(甫周)へ、「千」「鳥」のほうがいいのに、と言っています。
- 巻一には「千鳥」がやたら出てくることから、やはり千、鳥が同席していたのでしょう。
- 【原文】
- ○春の夕早樹のもとへ消息遣はすとて
- 唯好朝臣
- かくばかりうるさき物としらざりき
- をのこばかりの国や尋ねん
- 【口語】
- ○春の夕べ、早樹のもとへ手紙を送るといい
- 唯好朝臣
- 女の声がこんなにうるさいものだとは知らなんだ
- 男ばかりの国を訪ねたいものだ
- 【メモ】
-
- 「女なんて興味ないね」とは、多くの男が一度は自分に言い聞かせたことのある言葉ですね。
- 【原文】
- ○かへし
- 早樹
- 世のなかにおなごはかりの国もかな
- うるさき物は男なりけり
- 【口語】
- ○返事
- 早樹
- 世の中に女ばかりの国はないものだろうか
- やかましいのは男のほうだ
- 【メモ】
-
- 【原文】
- ○同じ折消息のはしに
- 早樹
- いせの海灘波の橋の河風に友まどはせて千 鳥なくなり
- 【口語】
- ○同じ手紙の端に
- 早樹
- 伊勢の海から吹いてくる難波の橋の川風にのって、友をたぶらかす女たちの声が聞こえてくる
- 【メモ】
-
- 「鯨」より「千」「鳥」がいいという先の句への返答でしょう。
- 【原文】
- ○春の歌よみけるなかに
- 春影
- 岩根ふみあこかれ出て百千 鳥さへつる山の梅や尋ねん
- 岩根 --- 大部分が地面に埋もれている大きな岩。ここでは岩山の山道のこと。
- 【口語】
- ○春の歌を詠んだ中に
- 春影
- 岩根をふみながら山中を彷徨し、千鳥の群がさえずる山の梅を訪れよう
- 【メモ】
-
- もうここらで「千鳥」ネタはお開き、といったところでしょう。ほっとする素直な句です。
- 【原文】
- ○花のもとに人々つとひける折よめる
- 遁崙居士
- 手の長き人はなけれどはなの下長き友垣あそふ春の日
- 評者云女には手の長き人も少からぬにや
- 遁崙居士 --- ?。調べる気もしない。
- 友垣 --- ともだち。朋友。交わりを結ぶのを垣を結ぶのにたとえていう。(広辞苑)
- 手の長き --- 「手管」のこと
- 【口語】
- ○花のもとに人々が集まっている折に詠んだ
- 遁崙居士
- 手の長い人はいないが鼻の下の長い友達が遊ぶ春の日
- 評者が言うには、女には手の長い人も少なくないとのこと
- 【メモ】
-
- 【原文】
- ○述懐の歌よみけるなかに
- 唐通居士
- 大任を下すつもりか積りなら我も其気で一がまんせむ
- 唯好朝臣
- 大任を下さば下せそれまでは我もゆるりと一ね入せむ
- 早樹
- 大任を下さば下せくだすとも狸ね入りの我れは動かず
- 伊賀麻呂
- 大任も屎もへちまもいる物かモ子ーの外は我は動かじ
- 唐通居士 --- 神田孝平。「名ごりの夢」一〇四頁「唐通とあるのは神田孝平さんのことでございます」
- モ子ー --- ここは洋学サークルでもあった。
- 【口語】
- ○愚痴の歌を詠んだ中に
- 唐通居士
- 大任を下すつもりなのか。そのつもりなら私もその気でもうすこしだけ我慢しよう。
- 唯好朝臣
- 大任を下すのだったら下せ。それまでは私もゆるりとひと寝入りしよう。
- 早樹
- 大任を下すのだったら下せ。でも狸寝入りの私は任務を果たさない。
- 伊賀麻呂
- 大任もクソもヘチマもいるものか。マネーをのぞいて私は動くまい。
- 【メモ】
-
- 高い志と技能を持ち合わせているが、それを生かす場も、それを用いる人もいない。そんな憤懣が伝わってくる節です。
- 柳北邸に集う人々の共通項であるこの思いを吐露したこの節は、ある意味、この「伊都満底草」の核心部分ともいえる重要な節です。
- 【原文】
○春興
- 喫霞仙客
- 江村宜散歩。正是暮春天。花発多風雨。天公不雨銭。
- 訳云 花のさかりに同しくならは。かねが天から降ばよい
- 小林氏
- 散歩開花節。江村欲暮天。一瓢傾尽後。不復恨無銭。
- 訳云 花の夕へに酔たる跡は。かねがなくても面白い
- 無趾仙
- 何時能散歩。困臥落下天。嗟彼蒼々者。奪吾脚与銭。
- 訳云 花の三月達磨で困る。あしとおあしがあればよい。
- 春興 --- 俳諧で、新年の会席で詠まれた三つ物(発句・脇句・第三句)や発句。(広辞苑)
- 喫霞仙客 --- 柳河春三
- 江村 --- ?。特定の人名ではなさそうなので、隅田川ほとりの村人一般(すなわち自分たち)を指すか。
- 花発多風雨 --- 于武陵の「勧酒」を受けている。
- 勧君金屈巵 コノサカヅキヲ受ケテクレ
- 満酌不須辞 ドウゾナミナミツガシテオクレ
- 花発多風雨 ハナニアラシノタトエモアルゾ
- 人生足別離 「サヨナラ」ダケガ人生ダ (訳・井伏鱒二)
- 天公 --- 天と同じ意味。ニュアンスとしては天を擬人化したもの。
- 暮春天 --- 関係ないとは思うが、清代の人・南岳道人の選による「蝴蝶媒」に次のような漢詩を見つけた。
- 柳肥花綻暮春天 柳は茂り花はほころぶ暮春の天
- 水録山青滿目前 水は緑に山は青に満ちる眼前
- 今古游人將不去 古今遊人まさに去らず
- 年年載酒醉山巓 毎年酒を戴く酔山峯
- 小林氏 --- 日記にしばしば「小林氏の如く早起き」と出てくる、成島家の小者か何か。
- 無趾仙 --- ?。この人、「伊都満底草」ではここだけ登場するのですが、うまいです。前の2句よりも格段にまぬけでおもしろい。とぼけた作風からして、柳北か。
- 困臥 --- くたびれて横になること(広辞苑)。
- 下天 --- 下層の天。特に六欲天の下層の四天王をさす(広辞苑)。ここではうたた寝の意味。
- 嗟彼 --- 「嗟」も「彼」も「あらっ」の意味。
- 蒼々 --- 白髪まじりの老人(広辞苑)。
- 【口語】
○春の興
- 喫霞仙客
- 江村氏、散歩を宜しくす。正に是れ暮春の天。花は芽吹いて雨風多し。天は銭を降らさず。
- 解説によれば、花の盛りに同じく降ってくるのなら、お金が天から降ればよい
- 小林氏
- 散歩の開花の節、江村氏暮天を欲す。ひょうたんを傾け尽くし後、復た銭なきを恨まず。
- 解説によれば、花の夕べに酔ったあとは、金がなくても面白い
- 無趾仙
- 何時も能く散歩す。困臥し下天に落ちる。あらあらと老人が、自分の脚と銭とを奪っていった。
- 解説によれば、花の三月は達磨では困る。あしとおあしがあればよい。
- 【メモ】
-
- じつに好人物の江村氏、最後は抜け目のない老人にこぼれた小銭を取られてしまって、でも「ま、いいか。へへへ‥‥」とテクテク歩き出したのでしょう。そんな光景がありありと浮かんできます。
- 2句目の「酔ってしまえば金がなくてもおもしろい」という評も、なかなかの名言だとおもいます。
- それだけに、強引な1句目が悔やまれます。
- 【原文】
- ○嚢中自ら銭のなくなりにければ
- 遁崙
- 鍋釜にかなけばかりの世たいかな
- 【口語】
- ○財布に金がなくなったので
- 遁崙
- 鍋と釜にしか金っ気のない世帯だなあ
- 【メモ】
-
- 先の句と同様、やっぱりくだらない。この人には崑崙山にずっと隠れていてほしい。
- 【原文】
- ○いたづらに過しを恨みて
- 早樹
- とりとめぬ物としりつつ年月を仇に契りて我は過にき
- 【口語】
- ○むなしく過ぎるのを恨めしく思い
- 早樹
- (表の意)ひきとめられないと知ってはいながらも寄る年月を仇と決め、そうこうしているうちに私は老いてしまった。
- (裏の意)とりの心を射止められはしないと分かっていながら、自分はまだまだ若い、と思って私は過ごしている。
- 【メモ】
-
- 実に秀句です。わびさびが二度も味わえます。うまい。「仇に契りて」なんて日本語、もうけっして生まれることはないでしょう。
- 【原文】
- ○同じこころを
- 唯好
- 言よるも遠山とりのしたり尾の長き月日を仇に暮しつ
- 遠山とり --- =遠山鳥。キジの一種。キジよりやや大きい。山鳥の雌雄は峰をへだてて寝ると言い伝えられ、古くから「ひとり寝」の例に引かれる。また、その尾が長いことから、「山鳥の尾の」と続けて「長し」「尾」などを起す序詞として用いる。(広辞苑)
- 山とりのしたり尾の --- いうまでもないですが、柿本人麿の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」を受けています。
- 【口語】
- ○同じ思いを
- 唯好
- 言い寄ってはみたものの、山鳥の長く垂れた尾のような長い月日を恨めしく思いながら暮らしている。
- 【メモ】
-
- こちらは単に、ちっとも音沙汰がないのに腹を立てている、という句。「同じこころ」とありますが、ちっとも同じでないのが笑えます。
- 【原文】
- ○おなじ心を
- 春影
- しばしだに手なるとならばからとりの立んうき名もおしからなくに
- 手なる --- =手馴れる。馴れてなつく。(広辞苑)
- からとり --- =唐鳥。オウム・クジャクなどの外国産の鳥(広辞苑)。ここでは、珍妙なことが起こる、の意味。
- 【口語】
- ○同じ思いを
- 春影
- しばしの間だけでも馴ついてくれるのであれば、唐鳥が飛び立つような浮き名が立とうとも惜しくはないのだが
- 【メモ】
-
- われ関せずとそっぽを向くオウムを、鷹のように手馴づけようとしてむだなあがきをしている、そんなずっこけな光景を恋の歌に重ねるあたりがうまい句です。
- これも「おなじ心」ですが、ますます離れていってます。
- 【原文】
- ○すてられしを恨みてよめる
- 千子
- 千里行く身をば思はでひばり毛の駒のみいかで人のめづらむ
- 千子 --- 「せんし」(仙史)は柳北だけが好んで使う号なので、この千子(せんし)も柳北なのでしょう。
- ひばり毛 --- 馬の毛色の一つ。黄白の斑でたてがみと尾とが黒く、背に黒い筋のあるもの(広辞苑)。
- 駒 --- 馬の歌ことば。
- 【口語】
- ○捨てられたのを恨んで詠んだ
- 千子
- 一日に千里を駆けるその力を思えばこそ、人はヒバリ毛の馬だけを愛でるのだ。
- 【メモ】
-
- 「あいつにゃ見る目がなかった」などと、自分で言ってはいけません。
- 【原文】
- ○むかし男ありけり。ある友のもとより、いとあざやかに粧ひし佩楯てふ物をかりて、久しくとどめ置けるに、其友よりかへせとの消息ありければ、ひつのうちより取出て、きぬにつヽみにけるを、はした女のかいま見て、いち早く男の側女にさヽやきていふ様。
- あるじの君はいづこよりか、いとはでやぎし錦織の帯一すじとヽのへ給ひぬ。思ふにうたひ女に、そと贈り給ふなるらめと、うらやみ心に口さがなく語りしかば、その側女日ごろ野辺の若草つのぐむをのみ、明暮の楽みとなせしおな子なりければ、そは口惜しといひつヽ、おのが胸も、かきさばくばかりのけしきして、あるじ何こヽろなく、おことはなにとてかくは息つきあへず、はしり廻り給ふにやと問ふに、なに事とはおこがまし、此きぬのうちこそ、いとも腹たヽしやとて、きぬかなぐりすてヽ見れば、こはいかにおのれもかつてみしらぬ物の具にてありければ、あまりに興醒て、はては笑に堪兼て、ころびありきにけり。
- その折あるじの口すさみけるとて人の伝へける。
- 白黒の色目もわかぬはした女に
- おどされたりや佩楯の糸
- 佩楯 --- はいだて。鎧の下に着て、ももとひざを被う防具(広辞苑)
- はした女 --- 下女の蔑語
- つのぐむ --- 葦、萩、ススキなどが、角のように芽を出すこと(広辞苑)
- おどされたり --- 「おどす」は、よろいのパーツを糸などで結んでつなぎあわせること。
- 【口語】
- ○むかしある男がいた。ある友から、とても鮮やかに飾られた佩楯という物を借りて、長いあいだ家に置いていたところ、その友から「返してくれ」という手紙がきたので、櫃の中から取り出して、絹に包んでいたところ、その光景を端女が垣間見て、すぐさまその男の側女のところに行ってこうささやいた。
- ご主人さまはどこかから、とても華麗な錦の帯を一本お求めになっておいでです。思うに歌妓へ、こっそり贈られるのではないかと、嫉妬心から口悪く語ったところ、その側女は日ごろ野原の芽吹いた若草だけを、日中の楽しみとしていた女だったので、じつに悔しいと言いながら、自分の胸も、張り裂けんばかりの様子で、主人がなにげなく、おまえはどうしてそんなに息をきらして、走り回っているのですかと尋ねると、何事とはおこがましい、この絹の中身ときたら、実に腹立たしいと、絹を乱暴に剥ぎ取って中を見てみれば、これはまったく自分もいままで見たことのない物だったので、あまりに気が抜けてしまい、果ては笑いすぎて、まともに歩くこともできなくなってしまった。
- その折主人が口すさびに詠んだ一句と伝えられる。
- 白と黒の区別もつかない端女ごときに
- 佩楯の糸がおどされたのだ
- 【メモ】
-
- もったいぶった文章のわりに内容がありません。裏の意味が隠れているのかもしれませんが、分かりません。
- 【原文】
○聞社友携四佳人遊江東書之以奇
鴨斎主人
文壇若卜春遊地。好鳥啼辺芳草繁。
- 鴨斎主人 --- ?。「鴨斎」は「賀茂の斎」(京都・賀茂神社につかえる人の意味)のことだろうが、その先不明。単に「カモにされる」のカモの意味しかないのだろう。
- 好鳥 --- いいとり。「好鴨」(いいかも)に同じ。
- 芳草 --- 香りのする草木。遊女などは丁字などの香を炊き込んでいた。
- 【口語】
- ○社友、四佳人を携え江東に遊ぶと聞く。之を書して以て奇とす。(社友が四人の美人を引き連れて江東に遊んだ、と聞いた。そのことを書いて珍しいことだと思った)
- 鴨斎主人
- 文壇若し春の遊地を卜(与う)れば、好鳥啼き辺りは芳草が繁る。(文壇にもし春の遊地を与えれば、カモが鳴き、辺りには芳草が生い茂る)
- 【メモ】
- 「文壇」は句会ほどの意味でしょう。
- 内容自体は、芸妓などに囲まれてカモにされる、というだけの句ですが、「好鳥啼」「辺芳草繁」という字面がなんとものどかな感じを与えます。
- 【原文】
- ○古事記〈ふることふみ〉曰此天皇〈スメラミコト〉あめの下しろしめしき○素戔鳴尊〈ソサノヲノミコト〉くそまきちらし給ひき○きたなき物奉つるとみて大けつ姫をころし給ひき○などいふ古語ありしかるに今の世にも猶さまヽヽの尊たち天くだり給ひて。あやしくくしきことどもすくなからず。そのうちにわきてとふとむべきことを次にしるす。
- 放屁安姫命〈ヒリヤスヒメノミコト〉
- きたなき物たてまつりてくそまりちらし給ひき
- 箱屋傘主尊〈ハコヤカラカサヌシノミコト〉
- 駒姫のみとにめでヽ天のさか鉾を下し給ひき
- 秋水穂尊〈アキノミヅホノミコト〉
- こがね姫がきたなき物奉らぬといひて。ヒスまりちらし給ひき
- 化雷電尊〈バケイカヅチノミコト〉
- 日なし姫にむかひて天皇我〈スメラガ〉勅命乎〈オホミコトノリヲ〉聞食止宣比〈キコシメセトノタマヒ〉き
- 木戸護尊〈キドマモリノミコト〉 一本 御木戸守男尊〈ミキドモリオノミコト〉ニ作ル
- あまのふみかき姫のきたなきものしろしめしき
- 不得睡尊〈子カサズノミコト〉
- とこ闇に天の火柱を振たてましましき
- 角出姫命〈ツノデヒメノミコト〉
- きたなき物(一本錦ノ御帳ニ作ル)たてまつると見てあまの大角をはやし給ひき
- 衣濯姫尊〈キヌスヽギヒメノミコト〉
- 八ッひら主〈ぬし〉の尊より十握剣〈トツカノツルギ〉を授かり給ひき
- 千日詣尊〈チタビマウデノミコト〉
- きたなき物たてまつれといひて興津姫〈ヲキツヒメ〉を抱き給ひき
- 天皇 --- =天照大御神
- くそまきちらし給ひき --- 古事記・日本書紀に、天照大御神が新嘗祭の新穀を食する神殿に素戔鳴尊が糞をまき散らした、とある。
- おおけつ姫 --- 素戔鳴尊が神御衣を織る機屋に天の斑馬の皮を剥いで投げ入れ、これを見た機織女が驚いて死んだ、とある。「機」(はた)は柳北の一女の名。「おおけつ」だったかについては詳らかでない(おむつ?)。
- 放屁安姫命 --- 国産み神話の糞話としては先の、素戔鳴尊が糞をまき散らしたという話が有名だが、イザナミ命が火を産む際に苦しんで吐いた汚物から金山彦、小便から岡象女、大便から埴山姫が生まれた、という話もある。お題が「姫」なので、おそらく後者を受けての話だろう。
- 箱屋傘主尊 --- 「箱」はガバガバの女陰、「傘」は萎えた陰茎を意味する隠語。
- 駒姫 駒は「馬」の意味。「馬」は通常、巨大な陰茎の持ち主を指すが、ここでは雌馬=巨大な女陰の持ち主を指す。
- 天のさか鉾 --- 天の瓊矛(あめのぬほこ)。イザナギ命・イザナミ命が、滄溟〈あおうなはら〉を探ったという鉾(広辞苑)。玉飾りがついていて、国産み神話での陰茎のメタファー。
- 秋水穂尊 --- 猿田彦大神を受けている。天の八衢にて光り輝いている神がおり、天照大御神が「何故このような所で光っているのか?」と問うたところ、「私は国つ神で、名を猿田彦神。天つ神の御子が天降り坐すと聞き及んで、御前に仕え奉らんと侍っていたのです」と答え、豊葦原千秋長五百秋水穂國の高千穂に導いた、という話がある。
- こがね --- 小便。猿田彦大神の光→黄金→小便、か。
- 化雷電尊 --- 火雷大神 (ほのいかづちのおおかみ)・大雷大神(おおいかづちのおおかみ)・別雷大神(わけいかづちの おおかみ)
- 日なし姫 --- 天照大神(=「日」)が隠れている時、その代わりのように岩戸の前で舞った天宇受売神(あめのうずめのかみ)を受けている。「日なし」にはまた当日返済の借金「日済し」という意味があり、天宇受売神は芸能の神でもあるので、がめつい芸妓という意味を暗示しているか。
- 勅命 --- 天宇受売神と猿田彦大神の結婚を指すか。
- 木戸護尊 --- 「木戸」は「天の岩屋戸(あまのいわやと)」を受ける。天照大神が籠った場所。「木戸護」は天照大神が岩屋からフト出た瞬間、大神を外に連れだし岩屋戸を閉めて縄を張りめぐらした手力男命を受けている。木戸番をも指すか。
- ふみかき姫 --- 天照大神が天の岩屋戸に籠った際、祝詞を奏した天児屋根命(あまのこやねのみこと)を受けている。祝詞の内容はきっと卑猥なものだったに違いない、との想定がある。
- 不得睡尊 --- 天照大神。ずっと光っているので眠れない。
- 天の火柱 --- 天照大神の勃起した陰茎。
- 角出 --- 「角」は「嫉妬」の隠語。
- 十握剣 --- 素戔鳴尊が八岐大蛇を退治するときに使った剣。
- 千日詣 --- 千日の間、神社・仏閣に参詣すること。後に江戸時代には、特定の日(江戸浅草寺・京都清水寺などでは七月九日・一○日)に社寺に参詣すれば千日分の御利益があるとされた(広辞苑)。
- 興津姫 --- 興津姫神(おきつひめのみこと)。土祖神(はにおやのかみ)、興津彦神(おきつひこのみこと)とともに、初めて火を起こし物を煮て食べる事を教えた神。かまどの神様として知られる。
- 【口語】
- ○古事記に曰く。天皇〈すめらのみこと〉が天の下をお治めになられていた頃のこと。素戔鳴尊〈すさのをのみこと〉は糞をおまき散らしになられた。汚物を献上されるや今度は大尻姫をお殺しになられた。 そんな古話がある。いっぽう今の世にもまた様々の神々が天をお下りになられて、けしからぬ奇異なことをなさることが少なくない。そのうちにとりわけ尊ぶべきことを次に記す。
- 放屁安姫命〈ひりやすひめのみこと〉
- 汚物を奉り糞をおまき散らしになられた
- 箱屋傘主尊〈はこやからかさぬしのみこと〉
- 駒姫だけをとにかく愛でて天の逆鉾を下された
- 秋水穂尊〈あきのみづほのみこと〉
- こがね姫が「汚物を献上します」と言ってピスをおまき散らしになられた
- 化雷電尊〈ばけいかづちのみこと〉
- 日なし姫に向かって天皇が勅命をお聞きなさいと仰った
- 木戸護尊〈きどまもりのみこと〉 一本 御木戸守男尊〈みきどもりおのみこと〉に作る
- 天の文書き姫が汚いことをお記しになられた
- 不得睡尊〈子カサズノミコト〉
- 永遠の闇の中で天の火柱をお振り立てになられた
- 角出姫命〈つのでひめのみこと〉
- 汚物(一本錦の御帳で作る)を献上されたようで、天の大角をお生やしになられた
- 衣濯姫尊〈きぬすすぎひめのみこと〉
- 八ッ平主の尊より十握剣をお授かりになられた
- 千日詣尊〈ちたびもうでのみこと〉
- 汚い物を献上せよと言って興津姫をお抱きになられた
- 【メモ】
-
- 正直言って、これら一連の句の真意は私ごときの手には負えません。「古事記」「日本書紀」をよ〜く読まないと理解できない内容のようです。
- 【原文】
- ○百化新語抜粋
- 蓋係追記
- 蜆化して河豚となる 評曰あきれる哉 Ta
- 蝶々化してさヾゐとなる 評曰こまる哉 T
- 龍化して鯨となる 評曰まだ売レない哉 K
- 涎化してしい〈小便〉となる 評曰やけなる哉 W
- 涙化してはな〈纒頭〉となる 評曰かなしい哉 F
- ゲール〈Girl〉化してゲロヽヽ〈鼻涕〉となる 評曰おそれる哉 Y
- 蓋係 --- きぬがさがかり。貴人外出の際、絹傘(絹を張った柄の長い傘)を後ろからさしかける係。
- 纒頭 --- はな。相撲や芝居などの興業で客が投げるご祝儀。
- 【口語】
- ○百化新語抜粋
- 蓋係追記
- シジミが化けてフグとなる 評に曰く、あきれる哉 Ta
- 蝶々が化けてサザエとなる 評に曰く、こまる哉 T
- 龍が化けて鯨となる 評に曰く、まだ売れない哉 K
- よだれが化けて小便となる 評に曰く、やけなる哉 W
- 涙が化けて祝儀となる 評に曰く、かなしい哉 F
- ガールが化けてゲロゲロとなる 評に曰く、おそれる哉 Y
- 【メモ】
-
- 【原文】
- ○世はうたてきものとかこちて
- 唯好朝臣
- 咲く花は数々あれど世のなかに色あるものは桜山吹
- 桜山吹 --- 「桜吹雪」と「山吹」(金の隠語)の合成語でしょう。
- 【口語】
- ○世の中は非情なものと嘆いて
- 唯好朝臣
- 咲く花は数々あれども世の中ですばらしいのは金吹雪
- 【メモ】
-
- 意味不明なくだりが続いていたので、例の貧乏書生「唯好朝臣」の相変わらずの句がとてもホッとします。
- 【原文】
- ○酔後口占
- 鎖春仙史
- 満地香風梅占春。一簾微雨鳥呼人。世間休問神仙趣。畢竟神仙属此身。神仙指浦島
- 鎖春仙史 --- 柳北。閉門中の身なので、春なのに外へも出られない。
- 満地 --- 地上一面(広辞苑)
- 浦島 --- 「成島」でしょう。
- 【口語】
- ○酔後の口裏
- 鎖春仙史
- 満地の香風、梅春を占す。一簾微雨、鳥人を呼ぶ。世間問うて休〈め〉でる神仙の趣き。畢竟、神仙は此身に属せり。神仙、浦島を指す(あたり一面に風が梅香がただよい、梅がこの春を支配している。霧雨の中、すだれが一枚ゆれ、中から鳥が人を呼んでいる。人々はふと立ち止まって顔を見合わせ、その神仙の情趣のすばらしさを褒めている。とどのつまり、神仙がその身に宿っているのである。ちなみに神仙が呼んでいたのは浦島である。)
- 【メモ】
-
- 駕籠に乗った「とり」が、御簾からチラと顔を見せる。情感ある漢文も美しい。だから、末尾に小さな文字で「おれを見てたんだよう」と自慢しているのが笑えます。
- 【原文】
- ○六柱神御意向祓〈ムハシラノカミタチノミコヽロユキノハライ〉
- 高天原仁神止利麻須〈タカマノハラニカミトヾマリマス〉
- 八百万御器主尊者日成姫仁古記事語里聞勢給比而新仁穢記物奉羅勢武比思比宣比記〈ヤヲヨロヅノミウツハヌシノミコトハヒナシヒメニフルキコトカタリキカセタマヒテアラタニキタナキモノタテマツラセントオモヒタマヒキ〉
- 神楽女御器護尊者高麗姫仁絶約乎渡志九十万之事遠打捨而唐鳥之翼遠下筵仁為武登農美思比給比記〈カグラメノミウツハモリノミコトハコマヒメニコトヾヲワタシクソヨロヅノコトヲウチステヽカラトリノツバサヲシタムシロニセントノミオモヒタマヒキ〉
- 御木戸護男尊者黄金白銀遠始女登志種々之宝遠聚而文姫登御歌謡和武登思比給比記〈ミキドモリオノミコトハコガ子シロカ子ヲハジメトシクサヾヽノタカラヲアツメテフミヒメトミウタウタワントオモヒタマヒキ〉
- 仲殿主尊者遠津相模宮仁在須皇后遠近津下総之宮仁移志奉羅武登思比給比記〈ナカドノヌシノミコトハトホヅサガミノミヤニマシマスオヽギサキヲチカツシモツフサノミヤニウツシタテマツラントオモヒタマヒキ〉
- 御永屋伯父男尊者皇子三柱之神遠猛記神登為志次仁衣濯之媼仁侍礼給波武登思比給比記〈ミナガヤノオヂオノミコトハミコミハシラノカミヲタケキカミトナシツギニキヌスヽギノウバニカシヅカレタマハントオモヒタマヒキ〉
- 駝惰羅遠尊者八百万女神遠神集仁集女給比神測仁測里給比彼方此方仁放尿散志給波武登思比給比記〈ダヽラヲノミコトハヤホヨトヅノメガミヲカミアツメニアツメタマヒカミハカリニハカリタマヒカナタコナタニユバリマリチラシタマハントオモヒタマヒキ〉
- 此六柱神者国津大御宝遠如山生勢武登思比給比記〈コノムハシラノカミハクニツオホミタカラヲヤマノゴトウマセントオモヒタマヒキ〉
- 此御意向遠天地之神会比給比而小男志花之八津之御耳遠振立而聞食止申須〈コノミコヽロユキヲアメツチノカミツドヒタマヒテサヲシカノヤヅノオンミヽヲフリタツテキコシメセトモース〉
- 鼻撫宿祢〈ハナナデノスク子〉敬白
- 高天原 --- 日本神話で、天つ神がいたという天上の国。天照大神が支配。「根の国」や「葦原の中つ国」に対していう(広辞苑)
- 下筵 --- 「上蓆」が錦綾に綿を入れてつくる畳の上の敷物なので、その裏地ととる。
- 小男志花 --- 牡鹿
- 鼻撫宿祢 --- 宇都宮三郎。「宇都宮さんもいつものおくせで一本指でお鼻のわきをぐるっとなでながら」(「名ごりの日」p26)
- 【口語】
- ○六柱神御意向祓〈むはしらのかみたちのこころゆきのはらい〉
- 高天原に神々が留まっております。
- 八百万の御器の主さまは、日なし姫に古えのことを語り聞かせになられ、新たに穢い物を献上させようと思いになられた。
- 神楽女の御器の護人さまは、高麗姫に離縁状を渡し、九十〈くそ〉万の事を打ち捨て、唐鳥の翼を上筵の裏地にしようとだけお思いになられた。
- 御木戸の護男さまは、黄金白銀をはじめとして、種々の宝をあつめて文姫と御歌を謡おうとお思いになられた。
- 仲殿の主さまは、遠く相模宮にまします皇后を近くの下総の宮にお移しいたそうとお思いになられた。
- 御永屋伯父男さまは皇子三柱の神を猛き神にして、次に衣濯の媼のところで世話になりたいとお思いになられた。
- 駝惰羅さまは八百万の女神を集めに集めて、狙いを定めに定めてあちらにもこちらにも尿をまき散しになりたいとお思いになられた。
- この六柱の神は国つ大御宝を、山のように生ませしめんとお思いになられた。
- 天地の神が集いになられて、この御意向を、牡鹿の八つの御耳を振り立ててお聞きなさいともーされた。
- 鼻撫宿祢〈はななでのすくね〉敬白
- 【メモ】
-
- 前出の文を受けているのは分かるのですが、私に分かるのはそれだけ。
- この文章は吉田神道のお祓いのパロディと思われます(だからなんなのだと尋ねられても私には分かりません)。
- (参考)吉田神道祓祓詞
-
- 高天原爾 神留坐須(たかあまのはらに かむつまります)
- 皇親 神漏岐 神漏美乃 命乎以氏(すめむつ かむろき かむろみの みことをもて)
- 日向乃 橘乃 小門乃 檍原乃 九柱乃神等(ひむかの たちはなの をとの あはきはらの ここのはしらのかむたち)
- 阿波乃水戸 又 速吸水門乃 六柱乃神等(あはのみなと また はやすひみとの むはしらのかむたち)
- 諸乃障穢乎 祓給比 清給布登 申須事乃由乎(もろもろのさはりけかれを はらひたまひ きよめたまふと まをすことのよしを)
- 八百万神等諸共爾 左男鹿乃 八耳乎振立氏(やほよろつのかみたちもろともに さをしかの やつのみみをふりたてて)
- 聞食世登 白須(きこしめせと まをす)
- 【原文】
- ○椋鮭説 本草綱目云椋鮭者鮭之牡也
- 椋鮭者。大魚也。産於南海。其色白而美。形如大鼓。頭生毛髪。其声類絃。性好遊泳。好食螺貝。及其老大能噛小駒。竟化而為鳥。荘子所謂北溟之鯤。化而為鳥。徒於南溟者。則指此魚耶。
- 【口語】
- ○椋鮭説 本草綱目によれば椋鮭は鮭のオスである
- 椋鮭は大魚なり。南海に産す。その色は白くて美、形は大鼓のごとく、頭に毛髪を生やし、その声は絃楽に類する。性は遊泳を好み、好んで巻き貝を食す。その老熟に及んでよく小馬を噛む。ついには化して鳥と為す。荘子のいうところの北溟の鯤、化して鳥と為し、南溟を歩むは、すなわちこの魚の指や。
- 【メモ】
-
- 荘子・逍遥遊を受けています。話の筋はこう。
- 昔、中国の北海(=「北溟」)に一匹の魚がいた。それが身の丈数千里の大鵬となり、九万里の高さに舞い上がり、南方へ雄飛しようとして、南海(=「南溟」)に飛び移った。
- ただ、悲しいかな、肝心のオチが分かりません。
- 【原文】
- ○唯好の許へ消息のはしに
- 春影
- 千たひ来れとも足さへとめずのきの燕歟影はかり
- 風に柳のすなほなぬしにすねる桜の気がしれぬ
- 桜 --- 桜田門。「あるじ」こと柳北が閉門を言い渡され、登城できないことを指している。
- 【口語】
- ○唯好宛ての手紙のはしに
- 春影
- 千度も来たのに足さえ止めず、まるで軒先の燕のように、気づいた時にはもう影しかない。
- 風の吹くがままにゆれる柳のように素直なあるじだというのに、すねる桜の気がしれない。
- 【メモ】
-
- 柳北の人となりがかいま見れて興味深い都々逸です。マメでかつさっぱりしていたつきあい方がうかがえます。
- それにしても春三、いいひとです。
- 【原文】
- ○五月雨ふる比よめる
- 早樹
- から傘の末広かりし借金をいつかすほめん五月雨の比
- 【口語】
- ○五月雨の降る日に詠んだ
- 早樹
- から傘のように末広がりになってしまった借金を、いつかはすぼめよう、そう思った五月雨の日
- 【メモ】
-
- 「早樹」名義ですが、この飄々とした作風、「唯好の朝臣」に似ています。どうしても同一人物に思えてしまいます。
- 【原文】
- ○戯によめりける
- 唯好
- 世の中を屁とも思はぬ連中はPとBとで日を暮すなり
- PとB --- 屁の音だろう。ただし、以下に記すように「とり」「うめ」の二芸妓に掛けているのかもしれません。
- 「喫霞仙客(柳川春三)が「花押説」という戯文を草した。これは、柳北の花押がアルファベットのC・B・Pを組み合わせたものであるのを、Cは chaple(奇妙な語であるが、柳北たちの間では蝶に該当する英単語として扱われていた)、Bは bird、Pは plum の頭文字であり、それぞれ柳橋の芸者のお蝶、お鳥、お梅を指す」(日野龍夫注『江戸名詩選集 第十巻』解説)
- 【口語】
- ○たわむれに詠んだ
- 唯好
- 世の中を屁とも思わぬ連中はPとBとで日を暮すなり
- 【メモ】
-
- そのまんまです。だれかPだかBだかしたときに詠んだのでしょう。
- 【原文】
- ○戯寄柳月両先生
- 喫霞仙史
- 六々楼頭遇美人。愁容可掬涙沾巾。殷勤嘱我煩伝語。道是蕭郎薄倖人。
- 蕭郎は誰と尋ねしに只 an animal とのみ答申候再ひ鴨と鮭の区別を問ひ候何れ二種の内と存候
- 柳月両先生 --- 「月」は「桂月池」の号をもっていた甫周のこと。「柳」は柳北ではなく(この頃はまだ「柳北」と名乗ってはいない)、甫周がいつも呼んでいた「お柳」のこと。「父(甫周)は柳橋のお柳というのを愛していました」(『名ごりの日』)
- 六々楼 --- 遣蘭開市開港延期談判使節一行のこと。使節は総勢36人(=六々)いた(“三六人”は公称の数字で、実際には少なくとも三七人はいた)。「頭」は勘定奉行兼外国奉行・竹内下野守保徳。
- 美人 --- 綺麗な女の人という意味の「美人」が使われるようになったのがいつからなのかはわかりませんが、すくなくとも幕末期では「美人」という言葉は一般的ではありません。したがって「美人」とは、(1)美しい人、(2)「美国人」(アメリカ人)、(3)聖賢君主、のいずれかの意味となります。なお、「六々楼」こと開港延期談判使節団はアメリカへは赴いていないことから、(1)美しい人、を採りました。
- 愁容 --- うれいをおびた顔つき。心配らしい様子。
- 沾 --- 濡らす。
- 蕭郎 --- 「蕭」という字には〈余計なものがなくてさっぱり〉という意味があります。「蕭郎」は「さっぱり君」という程の意味か。
- an animal --- 「蕭郎」の読みは「しょうろう」で、「生老病死」の「生老」だから「an animal」となる。質問をはぐらかした返答。※生老病死:仏教用語で、人間がこの世で避けられない四つの苦しみ。生れること・老いること・病気になること・死ぬこと(広辞苑)
- 鴨と鮭 --- 「鴨」は "Come on" で、「鮭」は "Thank you" か。
- 【口語】
- ○戯れに柳月両先生に寄せる
- 喫霞仙史
- 六々楼の頭美人に遇う。愁容掬うべく涙巾を沾(ひ)す。殷勤にして我を嘱す煩らいの伝語。道是れ蕭郎、薄倖の人。(六々楼のお頭が美人に遭遇した。憂いに曇ったお頭の顔は救いをもとめているかのようで、涙が袖を濡らしていた。自分の代わりに自分の思い悩むところを伝えてくれるよう丁重に頼んだ。道に立ちつくす蕭郎は薄幸な人だ。)
- 蕭郎とは誰なのかと尋ねられて、ただ an animal とのみ答えました。つぎに鴨と鮭の区別を問われまして、どのみち二種のどっちかだと思う、と答えました。
- 【メモ】
-
- 主語がなくて意味が掴みにくい文です。「六々楼の頭」が「蕭郎」に通訳を頼み、その「蕭郎」が「美人」と話をする、というのが話の内容。
- “袖を濡らす”という表現はもっぱら恋の場面で用いられるので、ここは外国美人をひっかけようとする場面なのでしょう。文雅の世界ではざめざめ泣くのが唯一の口説き方です。
- 「蕭郎」が「薄倖」なのは、お頭から平身低頭でざめざめ泣かれて調子が狂ってしまうのと、それを今度は自分が外国美人に平身低頭ざめざめ泣いて伝えなければならないというバカバカしさにあります。
- ですがそれだけだと、通訳一般の話で終わってしまいます。史実によれば、この使節団の交渉ははかばかしい結果を残しませんでした。「愁容掬うべく涙巾を沾す」というのは、この現実の交渉結果を踏まえており、本文はその意趣返しといえます。
- 後段に移って、この「蕭郎」がだれを指すのかはとりあえず置いておき、春三に質問をしたのが甫周とお柳。蘭語は達者でも、英語のほうは不得手だったのかもしれません。
- 【原文】
- ○寄濯娘
- 多喜子
- 生憎氷老妬情縁。香夢無端忽杳然。莫説蕭郎在天外。旅魂泊月柳橋辺。
- 自註云かく書してヘルニ贈ラントス恨ラクハシー解セサルヲ
- 多喜子 --- 外国奉行支配調役並・水品楽太郎
- 濯娘 --- 洗濯女。江戸時代、船乗りの衣類を洗濯して生活をたてていた女。後には、宿駅の宿屋などで売春をしたりしたので、一般に淫売婦をさしてもいった(小学館国語大辞典)
- 氷老 --- =氷人:男女の仲をとりもつ神。晋の令狐策(れいこさく)が夢に氷上に立って、氷下の人と語り合ったのを、索紞(さくたん)が夢解きをして、氷上は陽、氷下は陰で、これは男女の媒介をすることを意味するといった故事(『晋書』索紞伝)による。(日野龍夫注『江戸名詩選集 第十巻』)
- 杳然 --- ようぜん。はるかに遠いさま(広辞苑)
- 【口語】
- ○濯娘に寄せて
- 多喜子
- 生憎、氷老情縁を妬む。香夢端無く忽ち杳(よう)然。説く莫かれ、蕭郎の天外に在るを。旅魂月に泊る柳橋辺り。(あいにく縁結びの氷老が恋仲を妬んでいるのだが、香しい夢は果てしもなく、たちまち遠大となるものだ。だから、蕭郎が天外の地にいるのをあれこれ言ってはいけない。旅する魂が月に泊まっている様子が柳橋辺りから見える。)
- 自註には「こう書してハー(her)に贈ろうと思う。恨ましいのはシー(she)が(日本語を)理解できないことだ」とある。
- 【メモ】
-
- “ヘル”、“シー”という言葉から、外人の女へ捧げられた句と思われます。
- 「濯娘」という差別的な言葉をあてているところが、当時の幕臣の外国人に対する心情を垣間見るようで興味深くあります。
- 大意は、私こと「蕭郎」は西欧から既に帰国してしまい、もはや二人は遠くとおく離れてしまったけれど、それを言ってはいけない、また夢で会えるではないか、おまえの魂が月にいるのがここ柳橋からはよく見えるよ、というもの。
- 【原文】
- ○答多喜子
- 濯娘
- 好因縁似悪因縁。雁北燕南心悵然。人道蕭郎甚薄倖。別来夢落阿誰辺。
- 自註云蕭郎多情ニシテ油断カナラヌ
- 悵然 --- 失意や絶望に悲しみ嘆くさま。恨み嘆くさま(広辞苑)
- 人道 --- にんどう。〔仏〕六道の一。人間道。人界(にんがい)(広辞苑)。道徳の話ではないのでこう採った。
- 別来 --- 中国語で別離の意。「下次別来了」(もう来ないで)
- 阿誰 --- 誰かさん。“阿”は人を呼ぶのに親しみを表して冠する語(広辞苑)。
- 【口語】
- ○多喜子に答えて
- 濯娘
- 因縁を好むは因縁を悪むに似たる。雁は北へ燕は南へ、心は悵然たり。人道の蕭郎、甚だ倖薄。別来の夢落つ、誰の辺り。(因縁を喜ぶのは因縁を憎むのに似ている。雁は北へ飛び、燕は南へ去る。その姿を見るにつけ、心は嘆息を禁じ得ない。人間たる蕭郎は甚だ薄幸だ。離別の夢が落ちたのは誰かさんの辺りなのだ。)
- 自註に云う、蕭郎は多情で油断がならない
- 【メモ】
-
- 前の句への怒りの返事。
- 柳橋にいるということはすなわち、芸妓遊びに興じている証拠で、だから「多情ニシテ油断カナラヌ」となります。
- 「蕭郎」の正体は水品楽太郎なんでしょうが、この水品楽太郎という人がどういうキャラクターの持ち主だったのか、どうにも簡単には史料が見つかりません。周辺の人の日記などを読んで気長に探すしかなさそうです。
- 【原文】
- ○対語新聞 日本千八百六十五年五月
- abcをしらぬおやじゲレートマストルヲ縛らんと欲す
- 芝居をそこねし婆ばあ木戸番を殺さんと謀る
- 息を切て仲どん四分一をみがく
- 夜を深してねへさんバスを闘はす
- 大蓋を怒ておいらん始て木登りをなす
- 藪医者をやめて坊さん新に竹細工を習ふ
- 一つかみのぬか能く鬼の目をつぶし
- 一疋の蚊たくみに亀の甲を奪ふ
- ゲレートマストル --- grand master:グランドマスター、チェスの名人、会長、首領、大本部長、団長、長、《武道》師範(英辞郎)
- 仲どん --- 仲仕。荷物をかついで運ぶ人夫。また、土木業を手伝う人夫(広辞苑)
- 四分一 --- 1朱銀(あるいは金)。破格である。磨きたくもなる。
- バス --- "boss" か?
- 木登り --- 「獄門」の隠語
- 藪医者をやめた坊さん --- 甫周とお竹を暗示しているようにも思えてしまうが、甫周に藪とは失礼きわまりない。これは、藪医者を人名に戯した「藪井竹庵」という名を受けたもの。
- 目をつぶし --- 「殺す」の隠語
- 亀の甲 --- 亀甲船、すなわち軍艦を暗示している。
- 【口語】
- ○対語新聞 日本千八百六十五年五月
- abcを知らないおやじ、グランドマスターを捕縛したがっている
- 芝居を見損ねた婆ァ、木戸番を殺そうと謀っている
- 息を切らした仲どん、四分一をみがく
- 夜更かしして姉さん、バスを闘わせる
- 大蓋を怒らせて、おいらん初めて木登りをなす
- 藪医者をやめた坊さん、新たに竹細工を習う
- 一つかみのぬか、しばしば鬼の目をつぶす
- 一疋の蚊、たくみに亀の甲を奪う
- 【メモ】
-
- それぞれ意味深な句のようです。だからなのか、詠み人知らずです。
- abcを知らないおやじ〜: 「おやじ」とは海外に無知な老中たちか。無知ゆえに、意固地な強攻策ばかりを主張していました。
- 芝居を見損ねた婆ァ〜: 「芝居」は「戦争」の隠語。戦争を見損ねてしまった「婆ばあ」が「木戸番」すなわち日米和親条約や日米修好通商条約をみすみすと締結してしまった外交担当者を殺そうとした、という意味です。「婆ばあ」とは特定の婆さまをさすのではなしに、老婆心から日本のことを憂慮している人一般を指すものと思います。
- 息を切らした仲どん〜: 常時百万いた江戸の人口が、幕末になって三十万にまで減少したと言われています。この書が編纂された1865年は幕末も幕末、江戸脱出のピークの頃です。そのため引っ越し業者である「仲どん」の相場が相当に跳ね上がっていたのでしょう。
- 夜更かしした姉さん〜: 「ねえさん」は、『伊都満底草』の関係者みんなからそう呼ばれていた「鯨」こと芸妓の政吉のことでしょう(それしか思いつかない)。残念ながら文意は分かりません。
- 大蓋を怒らせて〜: 「大蓋」は勤王派の大物の誰かを指しているのでしょう。実際にそういう事件があったのかは寡聞にして知りませんが、『柳橋新誌』にも横柄な田舎武士どもがむやみに刀を振り回して興ざめだ、といった記述があります。
- 藪医者をやめた坊さん〜: 藪井竹庵先生が愛されるのはひとえに、世の中が平穏無事で、医者の活躍の場といえば臨終の脈をとることくらいしかなかったからです。勤王の乱暴者があたりを徘徊し略奪狼藉を繰り返すという物騒な世の中では、とうぜん医者は刀の切り傷や喧嘩の打撲を治療できる名医でなくてはなりません。お呼びのかからない竹庵先生は、自宅の竹垣の手入れをするほかないわけです。
- 一つかみのぬか〜: 「鬼」が欧米人を指すのは間違いありません。「ぬか」は通常、ちっぽけなものを意味します。屑のような連中が欧米人を殺害した事件としては、『伊都満底草』が編まれる三年前に起きた「生麦事件」が有名ですが、ほかにも領事館の職員など、結構な数の欧米人が水戸や薩摩の刺客に殺されています。
- 一疋の蚊〜: 長州藩と英・米・仏・蘭四国艦隊との間の砲撃で、長州藩の放った砲撃(=「蚊」)が、まかりなりにも外国の戦艦(=「亀の甲」)に命中した、という意味です。
- 【原文】
- ○述懐
- 早樹
- 呉竹のうきふし茂き世の中をよそにのみして澄る月影
- 仝
- 江東第一風流地。涼宵時擁竹夫人。(評曰時当作須、或云作未稍可)
- 小逋仙
- 江東第一風流地。第一才名属阿誰。
- 呉竹の --- 「ふし」「うきふし」「世」「夜」「むなし」「しげし」「端山」「末」にかかる枕詞(広辞苑)
- うきふし --- 憂き節。つらいこと。悲しいこと。竹の節にかけて用いる(広辞苑)
- 竹夫人 --- 夏に涼を取るために抱いて寝る竹籠。だきかご。夏の季語(広辞苑)。ここではもちろんお竹を抱いている。
- 須 --- 「す」。しばらく
- 稍 --- やや。しばらく
- 小逋仙 --- ?。おそらく前二句と同じ甫周だろう。ちなみに“逋”は「逃れる」の意。
- 【口語】
- ○述懐
- 早樹
- つらいことの多い世の中をよそに、月影が澄んでいる
- 同じく
- 江東第一の風流の地、涼しき宵時に竹夫人を擁く。(評に曰く、時、当に須を作らんとす、或いは云う、未だ稍ならざるを作るべし)(すみだ川東岸のもっとも風流な場所で、涼しい宵時に竹夫人を擁く。(評に曰く、このひとときが暫く続こうとしている。或いは、まだ始まったばかりだ。))
- 小逋仙
- 江東第一の風流の地、第一才名は誰に属すか。(すみだ川東岸のもっとも風流な場所で、もっとも才知あるのは誰なのだろう。)
- 【メモ】
-
- よく言えばしっとりとした哀愁があり、悪く言えば弱音ばかりで爺くさい。読む人のその日の気分で好悪が分かれる類のものです。
- とりわけ三句目は、老いた甫周の親分肌を伺うことができる、鬱屈した白眉の一句と言えるでしょう。
- 【原文】
- ○唯好ぬしのもとより五月雨の降りつヾきしころかきくれて晴ぬ思ひと聞えし御返し
- 学子
- 五月雨もいつしか晴てすむ月の光をみかく和歌の浦人
- と祈りよろしく
- 唯好謹而白ス至極むまきはなしの様に候へども六十あまりの老宮娃御推もしヽヽ
- 【口語】
- ○五月雨が降り続いていた頃、唯好主のとこから手紙をもらって、心が晴れない様子なのにたいしての返信
- 学子
- 五月雨続きの天気もいつのまにか晴れとなり、澄んだ月の光が降りそそぐ。そして和歌ノ浦の人がその光をいっそう輝かしいものにする。
- と祈りのように
- 唯好さま、謹んで申し上げます。うますぎる話のようではありますが、六十あまりの老宮娃の老婆心をどうぞお察し下さいませませ。
- 和歌の浦 --- 和歌山市南部にある湾岸一帯の地。湾の北西隅に妹背山、東に名草山がそびえ、古来の景勝地(広辞苑)
- 宮娃 --- きゅうあい。宮廷にて貴人の世話をする宮子で、おもに女性(「娃」は美人の意)。
- 【メモ】
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