Last modified at 2003/09/01 04:51
間違いを見つけた有識者のみなさま、こちらまで御一報いただければ幸いです。
- 凡例
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- 初出は花月新誌一号(一八七七(明治一〇)年)です。
- 底本は「雑誌叢書6 花月新誌 第一巻」(一九八四(昭和五九)ゆまに書房)です。
- 原文に句読点はありません。
- 読点部分で改行してますが、原文にはこの位置での改行はありません。
- 変体仮名はふつうの仮名に、旧字体は新字体に変えています。
- 【原文】
- 初夢歌合
- 肥前 古川松根
- む月二日の夜、世にするわさなれはとて、宝船の絵を枕にしきてねたる夢に、かの七はしらの神居ならひ給ひぬ。
- 何事をし給ふにかと、やをらさしのそきたれは、歌合の一番をとり出給ひて、それか判をし給ふなりけり。
- をかしき事にもあるかな、と猶はひよりてきけは、
- 一番
- 左 持 隠笠
- 昔より ありとはかりは 聞つれと よに隠れ笠 見し人はなし
- 右 隠蓑
- ありといへと 今はいつくに 隠蓑 其名計りは 世に残れとも
- 大黒天判して曰、おなし趣を思ひえられたる笠に蓑に、いつれ取すつへしともみえ侍らす。
- 二番
- 左 打出小槌
- とことはに 詞の玉を 打出ん うち出の小槌 とりえてしかな
- 右 勝 賽袋
- 天地の 中の何をか 取いれし ふくろの口は いつかとくらん
- 寿老判曰、小槌の打出かましきよりは、袋の中ゆかしく思ひなされ侍り。
- 三番
- 左 持 鶴
- 千代まてと かひ馴されて 膝のへに 心やすくも 眠る田鶴哉
- 右 鹿
- いさやこの 手飼の鹿に 打のりて 南の空に われはかへらむ
- 蛭子判曰、おなしほとにかひならされて、さるけちめもみえ侍らぬや。
- 四番
- 左 勝 巻物
- 持杖に かけてはなたぬ ひとまきは 神の齢や 巻こめるらむ
- 右 鉾
- ねき事を 神のうけひく しるしにと 鞍馬の山に 立るほこ杉
- 弁天判曰、鉾はおもかけにして、巻物のたしかなるには打あひかたくや侍らん
- 五番
- 左 持 鯛
- 西の宮 おまへの濱に けふも又 つりえてかへる 鯛の数みん
- 右 琵琶
- 名にたてゝ 神の引ます 四の緒の 妙なる音を 聞よしもかな
- 布袋曰、われは鯛なと取りあつかふへき身に侍らねは、此判は外へゆつり侍りてん。
- 毘沙門曰、いかめしくよろひたるみにて、歌の判似つかはしからす。福禄老人判し給へ。
- 福禄老人、さらは齢高きにゆるし給へとて、判曰、左をみ右を聞き侍るに、いつれ神わさのまされりともおとれりとも申さためかたくこそ。
- さめての後、わすれぬまにとて、筆とくかひしるし置き侍るになん。
- 夢のしるしにさいはひを まつね
- この歌合は佐賀の古川穂主君より其父松根ぬしの作られしものとて贈られしなり。
- 歌合 --- 「うたあわせ」。次のルールで行われる知の格闘技。
- 歌人を左右に分ける。
- 左右一首ずつ短歌を詠む。一試合目は「一番」、以下「二番」「三番」と続く。
- 判者(はんじゃ)が優劣(引き分けは「持」(じ))を判定し、判定の理由である判詞(はんじ)を添える。
- 古川松根 --- 佐賀藩十代藩主鍋島直正(1814~71)の側近で、歌人(1813~1871)。主の死とともに殉死している。
- とことはに --- 永久に。常に。
- 鉾杉 --- 源義家(八幡太郎)が奥州平定に赴く際、鉾を立掛けて戦勝祈願したと伝えられる杉。全国各地に多数あり、鞍馬にも奥の院にある。
- うけひく --- 「承け引く」。承諾する。
- 四の緒 --- 琵琶。「緒」は楽器の絃。
- 名にたてゝ --- なんとかして、あの噂の。「名に立つ」で「噂になる」「有名になる」。また「立つ」で「願を掛ける」。ここでは「何立てて、名に立つ」と意味をとってみた。
- よしもがな --- 方法があればいいがなあ。
- 筆とくかひしるし --- 「筆ときかきしるし」の誤植か。
- 【口語】
- 初夢歌合
- 肥前 古川松根
- 一月二日の夜、世間で行われているからということで、宝船の絵を枕に敷いて寝てみた。そのときに見た夢のことだが、かの七福神が居並んでおられた。
- 何事をなさっておられるのかと、そっと覗いてみれば、歌合が催されていて、その判者をなさっていた。
- 面白いことであるなあ、と更に這い寄って聞いたところ、
- 一番
- 左 引分け 隠笠
- 昔より有るとばかりは聞いていたが 世に隠れ笠を見た人はなし
- 右 隠蓑
- 有るとは言えど今はいずこに隠蓑 その名ばかりは世に残れども
- 大黒天判して曰く、同じ趣を思いついた笠に蓑に、いずれを取りいずれを捨てるべきとは思えません。
- 二番
- 左 打出小槌
- 永遠に詞の玉を打ち出そう 打ち出の小槌を取り出して
- 右 勝 賽袋
- 天地の中の何を取り入れたのだろうか 袋の口はいつか解くのだろうか
- 寿老判じて曰く、小槌の打ち出すやかましさよりは、袋の中のほうが好奇心をそそられる思いにさせられます。
- 三番
- 左 引分け 鶴
- 千年待てど 飼い馴らされて 膝の上に心安くも眠る鶴だなあ
- 右 鹿
- さあ、この手飼いの鹿に乗って 南の空に我は帰ろう
- 蛭子判じて曰く、同じくらい飼い慣らされて、去るけじめも見えません。
- 四番
- 左 勝 巻物
- 持つ杖にかけて解こうとしている一巻きには 神の齢が巻き込んでいるのだろう
- 右 鉾
- 禰宜の仕事を承諾する証しにと 鞍馬の山に立てる鉾杉
- 弁天判じて曰く、鉾は面影しかないので、確かにある巻物にはかなわないでしょう。
- 五番
- 左 引分け 鯛
- 西宮御前浜に今日もまた 釣れていかれる鯛の数を見よう
- 右 琵琶
- 何とかして話に聞くあの、神が弾く琵琶の 妙なる音を聞くすべがないものか
- 布袋曰く、われは鯛など取り扱う身ではありませんので、この判詞は他へお譲りします。
- 毘沙門曰く、われは厳めしい鎧姿の身なので、歌の判詞には似つかわしいくない。福禄老人が判じ下され。
- 福禄老人、さらば高齢ということで変なことを言ってもお許し下されと、判詞に曰く、左右いずれもその神業の優劣を定めがたいので‥‥。
- 夢から醒めた後、忘れないうちにと、筆を解き書き記して置いたものです。
- 夢の徴しに幸いを まつね
- この歌合は佐賀の古川穂主君よりその父・松根主の作られたものだということで贈られたものである。
- 【メモ】
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- この時代、正月の定番のお題は七福神でした。ただし、この「初夢歌合」は何とも異色(異様)な作品です。
- 時代は明治に入ったというのに、主の死にあわせて殉死したというこの作者・古川松根は多才の人として有名で、有能な政治家でありかつ優れた歌人でもあったそうです。
- 将軍の恩を理由に政界入りを拒み続けた柳北も、古川松根の歌やその最期をどこかで耳にしていたはずです。そして、花月新誌の第一号に掲載するあたり、その生き様にひそかに共感するところがあったのでしょう。
- それにしても、どの句もどことなく鬱屈していて意味深に思えます。七福神のコメントはあっけらかんとしていますが。
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